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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
19/84

十九/帰投

 謁見のあと、アルトゥール陛下から夕食の誘いがあったが、カイネは謹んで辞した。

 もう顔を合わせる理由もあるまい、と思ったからだ。


(……そう思わせるためであったのかもしれんな)


 いささか度が過ぎているが、納得はできる。

 カイネが自分の腕を売り込みに行く可能性も無いとはいえないのだから。


 カイネは夕食と湯浴みを済ませ、用意されていた寝間着に着替える。普段のローブとは比べるべくもない上質の絹糸服。

 就寝前の客室にはカイネと、世話役のジョッシュがいるばかりである。


「ちと聞きたいのだが」

「あぁ。なんだい?」

「……陛下は女癖があまりよろしゅうないのか?」


 カイネは率直に言う。

 ジョッシュも謁見の間での出来事は聞き及んでいた。彼は複雑な表情で答える。


「いや……今までに一度も聞いたことがないぜ。むしろ世継ぎがいないことが問題になるくらいさ。もう三十歳を越えておられるはずだが……まだ独身なんだよ」

「それはまた、珍しいな」

「だろ? 忙しすぎるんだよ、めったに国を離れないし……あと、貴族との結び付きを偏らせたくねえんだと思うけどな」

「ほう。……それでおれを利用した、か?」

「かもしれねえな。これがただの平民なら殺されかねないけど、カイネならその心配はない。貴族との繋がりもない。つまり、後継ぎの問題を先延ばしにできる」

「……食えん男だ」


 一国の王を務めるだけのことはある。徹頭徹尾、政を念頭に置いて動いているということか。


「……っと、そろそろ邪魔しちゃ悪いな。俺は部屋の外にいるから、もし何かあったら呼んでくれ」

「寝ずの番か。すまんな、世話をかける」

「いいんだよ、今はそれが俺の仕事だ。交代も来るだろうし……ってか、こんな軽く喋ってていいのかよ?」


 今さらといえば今さらに過ぎるジョッシュの疑問。


「明日の送りもおまえさんがやってくれるのだろう? あまり堅苦しいのは御免こうむる」

「多分そうなるはずだ。……良かったら発つ前に墓を見てってくれ。埋葬はもう済んでるはずだから」

「……嗚呼。おれもかまわぬのなら、参らせてもらおう」


 墓、といえば先日亡くなった一角馬のことだった。

 ジョッシュは少し寂しげに笑い、「じゃ、おやすみ」と客室を出て行く。

 ばたん、と部屋の戸が閉ざされる音。

 カイネは天蓋付きのベッドに腰掛け、部屋の明かりを消していく。


(……なんとまぁ、やたらと豪奢な部屋よ)


 このふかふかの羽毛布団、すべすべのシーツの肌触りたるや!

 先日の宿場とは比べ物にもならない。罪悪感がこみ上げる贅沢さ。

 部屋が真っ暗になったところでカイネはおもむろにベッドに入る。目を閉じれば一分も経たないうちにまどろみ始める始末。


 ――その時だった。


「……む……?」


 部屋の外が少し騒がしい。

 カイネはベッド脇に置いた妖刀・黒月に手を伸ばす。

 膝を立て、鞘を腰元に引き寄せ、すぐさま抜き払える姿勢を取る。


 数秒後。バンッと勢い良く扉が開かれ、そして音もなく閉ざされた。

 カイネはベッド脇の間接照明のみを灯す。

 部屋全体に鋭く視線を走らせる。

 次の瞬間、分厚い暗闇の向こう側から声がした。


「そう警戒してくれるな、カイネ。俺だ」

「…………陛下?」

「そうだ。刀を降ろせ。この通り、俺は無手だ」


 両手がゆっくりと上がる。彼が近づくにつれてその姿が照らし出される。


「……なにをなさっているのか。国王陛下ともあろうものが」

「そう堅苦しくなるな。ここには俺と貴様しかいない」

「……ならば、アルトゥール殿」

「そうだ。それで良い」


 彼――アルトゥール・ワレンシュタインは堂々たる足取りでカイネのベッド脇に立った。


「おれは、お主の近くにいるべきではないと判断したのだが」

「やはりそのように考えていたか。カイネ、俺は本気だ。本気で、貴様と契りを結ぶことを望んでいる」

「……なんだと?」


 カイネはすぅっと目を細める。


「とても正気とは思えぬ」

「そのようだな。恋慕とは狂気に似ている。俺は貴様の力を忌み嫌っているし、その点に盲目になれるほど好いてもいる」

「……少なくとも、自分の言っておることがわかっておらんではないようだな」

「貴様の望みは聞いている。元の姿に戻ること、だろう?」

「……知っておったのだな」

「ああ。そして俺はその望みを理解しない。その姿を捨てるなど俺が許さない」

「お主が許さずともかまわんよ。……お主の助力を得られんのは、ちと惜しいが」

「並行線か。……俺は貴様に力を振るう場は与えられん。その呪いを解くなど考えもせん。だが、貴様が老いに倒れるその時まで、生涯安住の地を与えることはできる。剣など振るわずとも、俺が貴様を幸せにしてやる」


 ――貴様がその身を受け入れさえすれば。

 アルトゥールの言葉に、カイネはちいさく肩をすくめて笑った。


「諦めて受け入れるにはちと早すぎる。まだろくに手も尽くしておらんのでな」

「……そうか。決して悪くはない契約だと、思ったのだがな」


 アルトゥールはにわかに目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「獅子身中の虫……ラザロヴァを挙げられたことには感謝しよう。マギサ教の手の者が学院に潜んでいたとはな」

「……そのマギサ教、というやつだが。アルトゥール殿はどれだけ把握しておるのだ?」


 アルトゥール・ワレンシュタインが知ること。

 それは即ち国が全力を尽くして得られる情報にも等しい。


「答える義理はない……と言いたいところだが、貴様の顔に免じて答えてやろう」

「だいぶ気持ちがわるいぞ」

「その顔で言われると許せる」

「色々と深刻だなお主……」


 この国王は本当に大丈夫なのか。

 ともあれ、手掛かりになるならどんな情報でも構わなかった。


「マギサ教とは、先の女王アーデルハイト・エーデルシュタインの信奉者によって構成された狂信者集団……というのが通説だが、実態はかなり異なっている」

「……ほう」

「その勢力は国内に留まらない。アーデルハイトの門弟、あるいはその分派……古代の呪術や秘蹟を現在にまで受け継ぐ秘密集団、といったところだ。その性質上、二百年前に遡れる魔術師の家系ならどの家にも紛れている可能性がある。……ラザロヴァ家はそのひとつ、ということだ」

「そやつらがおれを狙う理由は、なんだ。何か思い当たりそうなことはあるか?」

「はっきりと断言することは難しい。信徒はそれぞれの家にまぎれているゆえな、思惑は千差万別だろう。アーデルハイトを殺した貴様への仇討ちか、貴様にかけられた呪いを研究するためか、あるいは……貴様をアーデルハイトの転生体か何かと見なす輩もいるかもしれん」

「……馬鹿げておる」

「可能性を述べたまでだ。……貴様に手を出すとは腸が煮えくり返る思いだが、しかし、積極的に討伐するわけにも行かない。表立って我が国に損失をもたらしているわけではなし、利得と手間が釣り合わんのでな」

「それは…………妥当な判断、であろうな」


 カイネは納得せざるを得ない。

 今回ばかりは魔術学院とマギサ教の利害が衝突する事態となったが……これはカイネが魔術学院に属していたことに起因する。


「貴様と俺が契りを交わせば派手な動きを見せるかもしれんな。この国の膿を出し尽くす良い機会になるぞ」

「やめよ」

「現実になれば連中を叩く考えもあったのだがな――残念ながらこれは無しだ」

(……冗談か本気かてんでわからぬ)


 私情にまみれた言葉の狭間に国王としてのそれが混淆している。掴みどころがまるでない。


「俺が貴様に言えることはここまでだ。もし学院を出るなら俺に伝えろ。貴様ほどの力の持ち主が所在もわからんでは後々面倒だ」

「……うむ、それくらいは伝えておくとも。おれの周りを嗅ぎ回られてもかなわんのでな」

「野垂れ死ぬなよ。生活金くらいなら俺が工面しても良い」

「国費であろうが」

「安心しろ。俺の生活費から削った積立金だ」

「……なんであろうが、世話にはならんよ。あまりお主に借りを作りたくはない」

「可愛げのない女め――顔は最高なんだがな」

「やかましい」


 カイネはぽすん、とシーツの上に寝転がりながら言う。


「それと、もうひとつ気になっておったのだが」

「特別に答えてやろう。俺がおまけをしてやることなど滅多にないと心得よ」

「あやつ――ジョッシュ殿をなぜ使いに寄越したのだ?」

「そんなことか。腕は立つがいなくなっても替えは効く、つまり丁度いい人材だったからだ」

「ひどい言われようであるな……」

「……まさかあの男に惚れたのでは無いだろうな?」

「世迷い言を抜かすな」

「意に介すな、カイネ。例え誰に振り向こうが最後に俺の隣にいれば俺は全てを許そう」

「もういい。おれは寝る」


 カイネは深いため息を吐いて枕を抱き寄せる。

 アルトゥールはおもむろに椅子を動かし、ベッド脇に腰を下ろした。


「……まだ、何かあるのか?」

「いいや」

「ならなんでそこにおる」

「貴様の寝顔を拝むためだ」

「出ていけ」

「貴様の喋り方も好かんではないが、黙って寝ていたらさらに()いと思ってな」

「刀抜くぞ」

「貴様に俺は殺せんだろう。貴様は真っ当な人間のようだからな」

「宰相殿呼んでくるぞ」

「それはほんとうにやめろ」


 アルトゥールはカイネの脅しに両手を上げてゆっくりと立ち上がる。

 歯噛みしながら部屋を出ていく彼の表情は死ぬほど悔しそうだった。


 ***


 翌朝、一角馬の墓を参り、カイネは何事もなく王都を発った。

〝国王陛下からの贈り物〟と称して山ほどの服を渡されかけたが、カイネは謹んで辞した――置き場所が無いからだ。


(……おれの身体がもそっと大きければな)


 シャロンとネレムへの土産にするにはいささか小さすぎた。

 かくしてカイネはジョッシュの御する馬車に揺られていく。

 幸い、復路では襲撃を受けることもなかった。

 天気にも恵まれ、二日目の昼頃にはもう魔術学院のすぐ近くだった。


「見えてきたぜ、カイネ。そろそろだ」

「……おぉ、うむうむ。意外と速かったな」

「二頭立てならこんなもんよ。行き帰りお疲れ様――乗り心地はいかがだったかい?」

「この際はっきりと言わせてもらうが、ひどいぞ」

「よく言うぜ。何時間もぐーすか寝てたくせに」

「……まぁ、ひどいのには慣れておるからな」


 カイネは笑って座席から身を乗り出す。

 魔術学院を外から見るのはこれが初めてだった。

 敷地をぐるりと囲む城壁のような白亜の壁、そして城塞のごとき白亜の学舎。中心部には天を貫くがごとし尖塔が空高くそびえ立っている。


(……何事もなかったなら良いが)


 カイネはかすかな懸念を覚えながら腕の中の鉄鞘を腰に差す。

 一角馬は程なくして速度を緩め、学院の敷地内で足を止めた。


「着いたぜ。ご利用ありがとさん!」

「かたじけない。おまえさんはどうするのだ?」

「そうだな、一日くらいはこっちで休ませてもらうかね。帰投は週明けまでで良いらしいからさ……っと、おや」

「む?」


 カイネが馬車から降り立ったその時。

 ユーレリア学院長がまるで待ち構えていたように姿を見せた。


「カイネ殿、お帰りなさい。ご無事で何よりですわ」

「うむ、ただいま帰った……で、どうした。学院長じきじきにおれの出迎えでもなかろう」

「……お見通しのようですね。実は……」


 と、言いかけたところでユーレリアはジョッシュをはたと見る。

 ジョッシュはごほん、と咳払いして一角馬の背中を軽く叩いた。


「学院長殿、小官は一日ほどの休息を頂きたいのだが構いませんか。軍の許可はすでに得ております。つきましては、こいつらの案内をお願いしたいのですが」

「え……ええ、もちろんです。あなた、厩舎に馬を入れて差し上げて。その後、客室への案内をお願いしますわ」


 ユーレリアは護衛のひとりに言いつけ、ジョッシュを案内させる。

 この男も結構気が利くのだな、とカイネは少し感心した。

 ユーレリアは自分についてくるように言って歩き出す。カイネはその後をついていく。


「それで、どうした。ベイリンのことか」

「ええ」

「あやつは今、どうしておる?」

「地下牢に入っていますわ。大人しいものです。拘束時も素直に従いましたし、質問への受け答えもある程度は明瞭です」

「……ほう。ならば、なにが問題なのだ」


 カイネはいぶかしげに眉をひそめる。

 ベイリン――マギサ教の関係者が何を話したかは気がかりだが、それは後でいい。


「問題は、彼の要求にあります」

「要求?」

「はい。……ベイリン・ラザロヴァはただ一点、あなたとの面会を要求しました」

「それはまた、奇異なことを」


 ユーレリアは尖塔の手前で足を止め、カイネを振り返る。


「彼の要求を受け入れる必然性はありません。その目的について、彼は黙秘を貫いています。……あなたがそれを望まないなら、私どもが強制することはできません」

「おまえさんは止めんのだな?」

「杖はすでに剥奪しました。彼に何ができるとも思えません。……ですが、万が一ということもあるでしょう。どうなさいますか?」


 ユーレリアはカイネを見つめて問う。

 カイネはにわかに瞳をすがめ、言った。


「危険を冒さずには何も得られぬ。……会おう。案内を頼む」


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