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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
16/84

十六/奇襲

 早朝。

 カイネは制服に着替え、ひそかに部屋を抜け出した。

 まだ薄暗い宿舎を出て正門に向かう。予定ではすでに馬車が待っている手はずである。

 ――が。


「お迎えに上がったぜ、お姫様。こちら王都まで一泊二日の直行便だ」

「……おまえさんがか?」

「そう露骨に怪しまないでくれよ。そう、我らが国王陛下お抱えの特使ってやつさ」

「…………おまえさんがか?」

「申し訳ありませんでした。そろそろ視線が辛いので勘弁してください」


 御者はすこぶる軟派な男であった。

 年の頃は二十半ばほどか。若い伊達男といった風貌。

 さらさらとしたブラウンの髪は耳の下まで伸び、胸元には軽装の部分鎧を身に着けている。


「おれがカイネ・ベルンハルトだ、よろしゅう頼む。おまえさんは?」

「カイネ? ……偽名かい?」

「詮索はなしだ」

「へいへい。俺はジョッシュ・イリアルテだ、よろしくな?」


 挨拶と握手を交わしてカイネは箱馬車に乗り込む。

 馬車は一列の座席を備えたごく一般的なものだった。

 ――箱を牽く馬を除いては。


「……変わった馬を繋いでおるな」

「一角馬さ。こいつを二頭も繋いでおけば、普通の馬の二倍近い速さになる」

「魔獣使いか」

「あぁそうだ。何かと重用してもらっていてね。それで、お姫様をお迎えに上がる任務を頂戴したってわけ」


 ジョッシュは晴れがましい笑みを浮かべてウィンク。

 この任務の真の目的までは知らされていないのだろう。

 彼を危険に晒すとなれば、多少良心が咎めたが……やむを得まい。


「相分かった。では、王都までよろしく頼む」

「……反応、薄くねぇかい?」

「ほんの少し前に頭がおかしいものを見たものでな。慣れてしもうた」

「蟲使いか。……あんなイカレ野郎と一緒にされちゃ溜まったもんじゃねえぜ」

「うむ。であるから、ふつうで良かったと言うておるのさ」

「へっ、言ってくれるぜ。……そんじゃま、行きますかい!」


 ジョッシュは立派な頭角を生やした馬の手綱を取り、馬車を出発させる。


(……さて。狙われるとすればどこになるやら)


 カイネは座席に身を沈め、足の間に挟んだ刀を抱き、黄昏れるように窓の外へ視線を向ける。

 しばし馬車に揺られたところでカイネはおもむろに切り出した。


「ちょいと気になったのだが」

「ああ、なんだい? なんでもいいぜ。答えられることならな」


 ずっと黙ったままでは退屈もする。

 カイネは座席から身を乗り出してジョッシュに言う。


「おまえさん、国王陛下の特使といったな」

「そうだよ。普段は軍で伝令役やってるんだけど、魔獣(こいつら)の脚を買われてね」

「意外だな。……国王陛下はあまり魔術師の登用を好まぬと聞いておるが」

「物資運搬の迅速さは組織の潤滑油なのさ。脚の速さだけは国王陛下とて無視できない……つまり、特例ってわけ」

「ふむ。……まぁ、わからぬでもないな」


 魔術師の力は個々人の特性に左右されすぎる。

 一方、魔獣使いは――ファビュラスのような例外を除けば――同系統の魔獣を使役することはさほど難しくないだろう。

 魔術師よりは一般化が容易というわけだ。


「じゃあこっちからも質問いいかい、お姫様」

「……その姫様というのはやめろ」

「ハハ、こいつはすまない。あんたみたいなちいさい女の子が王都に何の用かと思ってね。てっきりどこぞのお姫様か何かと思ったのさ」

「本気とも冗談ともつかぬことを……はて、理由か」


 公的にはどのような理由になっているのやら。カイネは少し考えて言う。


「ファビュラスを引っ捕らえた件で話がある、と」

「は? ……すまない、聞き間違えだ。もう一回言ってくれるかい?」

「おれがファビュラスを引っ捕らえた件についてだ。たぶんな」

「……おいおい、ふざけるのはよしてくれ。あんたがか? あんたがあのクソッタレを?」

「あいにくだが、その他に思い当たる節はないのでな」

「悪い冗談だぜ。陛下があんたを見初めたっていうほうがまだ信じられる話だ」

「少なくとも、陛下と顔を合わせたことは一度も無かろうな」

「……じゃあなんだい? あいつを倒したってんなら、魔術師ギルドでも相当なもんだろ。ランクは?」

「ない。魔術は使えん」


 カイネが言い切ると、ジョッシュは天を仰ぐようにそっと顔を上げた。


「おお、神よ……なんて冗談だ。しかもそれが国王陛下のお招きに与ってるなんて、どういう風の吹き回しなんだ?」

「で、今日はどこまで行く予定だ。野宿の用意はしてあるが」

「めちゃくちゃ強引に聞き流したねカイネちゃん……王都にだいぶ近い宿場まで行く手はずになってるよ。結構夜遅くなるはずだから、寝ていてくれて構わないぜ? ま、この揺れで寝られるなら――」

「相分かった。もし何か異変があれば起こしてくれ」

「……え?」


 カイネは懐に鉄鞘を抱くように目を閉じる。ジョッシュは反射的に座席を覗き込んで目を剥く。


「……も、もう寝たのかい?」

「そんなわけがなかろうに。……よそ見をするでない、事故はごめんだぞ?」

「あ、ああ。事故るようなヘマはしないさ、これでもBランクの魔術師なんだぜ?」

「……左様であったか」


 カイネはこくりと頷いて再び目を閉じる。ジョッシュは薄い反応に唇をすぼめながらも前に向き直る。

 ――その十分後。


「ほ、ほんとに寝てるのか? ……どんな神経してるんだ……?」


 一角馬の馬車は通常のものよりもずっと速い。そして当然のことながら、速いほど揺れも酷さを増す。

 常人なら眠るどころか嘔吐に追い込まれかねない有り様だが――カイネは両腕で鞘を抱き、すぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。


 ***


 彼らは暗い茂みの中、まんじりともせず待っていた。

 刻限はすでに夜遅い。周囲の何もかもが夜暗に沈んでいる。


 彼らは七人いた。

 彼らは一様に、足の爪先から頭の天辺まで無地の黒衣に覆われていた。

 それは何者にも属していないという証。決して身元を明るみに出してはならないと定められた男たち。

 そして彼らは全員とも〝筒〟と酷似した魔杖を身に付けていた。


「……音が聞こえた」

「確かか、エミリオ」

「間違いない。この足音は魔獣のものだ」

「……相手は化け物だ。一度の攻撃で仕留めたと思うな。全力の術式投射後、即座に散開せよ」

「――――了解」


 覆面越しのくぐもった声は個々の境を曖昧にする。

 そこに役割分担と言うべきものはない。

 彼らはただ一点の目的にのみ特化した集団であるからだ。


 舗装道との間合いはおおよそ三十歩(50m)

 射撃に長じた魔術師にとっては充分な有効射程距離である。


「俺がカウントする。良いな」


 と、隊長格の男が先頭に立って言う。周りの男たちが揃って頷く。

 やがて馬蹄の音がはっきりと聞こえ始めた。


 茂みの中、楔形に陣取った七人は街道へと射線を走らせる。

 そして、ついに一角馬の影を視認した瞬間、男はカウントを開始した。


「三……ニ……一……」


 射線は小揺るぎもしない。

 ただ飛び込んでくる箱馬車をぴたりと狙い撃つように偏差を考慮し、叫ぶ。


「〝災嵐(シュトゥルム)〟――――()ェッ!!!」


 ぼ、と七人の魔杖が全く同時に火を吹いた。

 不可視の幽体(アストラル)弾が空気に接触した瞬間、内包された術式を解放する。

 膨大な魔力を宿す弾体は一瞬にして三十歩の距離を埋め尽くし、馬車の後座へと着弾した。


 ――――ズドォンッッ!!! と、牽かれていた箱を中心にして業火と爆風が拡散する。


「着弾を確認」

「やったか?」

「次弾用意。攻勢の手を緩めるな」


 ――――爆撃術式〝災嵐〟。

 攻撃範囲、速射性、破壊力において極めて有用とされる術式のひとつである。

 Bランク相当の実力がなければ自爆する危険性が高いが、彼らはおしなべてこれを習得していた。


「発射次第に散開せよ! ――――撃ェッ!!!」


 膨大な魔力を消耗して形成された幽体弾が箱馬車の残骸へと着弾。

 凄まじい爆音、爆風、そして熱量が直撃する。着弾地点がまばゆい火に照らし出される。

 現場に魔獣の影は見当たらない。

 一撃目に怯えて逃げ出したのだろう。


「散開後、索敵。動きが見られれば確実に遠距離から仕留めろ。絶対に接近を許すな」

「――――了解」


 ベルタ、カスパール、ドーラ、エミリオ、フリード、グスタフは左右三人ずつに散らばる。

 隊長格の男――アントンだけは元の場所から緩やかに後退を始めた。

 無論、本名のものはひとりもいない。作戦上の暗号名だ。


「〝聴覚共有(オンライン)〟――繋がっているか」


 アントンは短距離限定の通信術式を行使する。

 感度は良好。部隊全員からの応答が確認される。


「こちらベルタ、周辺に目標の姿はうかがえず」

「反対側に回り込むべきか。アントン、許可を」

「フリード、一時待機だ。エミリオ、そちらは」

「……馬だ。一角馬を一頭確認した。馬上には誰もいない」

「気を取られるな、今は捨て置け。……よし、着弾地点の確認に」

「うぎゃああああああああああッッ!!!!」


 絶叫。

 茂みの奥から何の前触れもなく悲鳴が響き渡り、通信が途絶する。

 一瞬で静まり返る七人――否、六人。

 誰かがごくりと息を呑む音がする。


「エミリオがやられた」


 アントンは端的に事実のみを口にした。



 これが意味するところはひとつ。


 カイネ・ベルンハルトはまだ生きている。

 生きて、こちらの命をどこかから狙っている。


「通信は切るな。声量を抑えろ」


 恐慌状態に陥らなかったのはせめてもの僥倖だった。

 部隊全員が手練の魔術師であるからこそ。


「……アントン。このままでは各個撃破されかねん」

「街道に出るべきではないか」

「だが、待て。それが相手の狙いかもしれない」

「このまま動かずにいれば奴の思う壺だ!」

「声を抑えろグスタフ。判断は俺が下す」


 部隊の統制が乱れ始めている。このままでは判断の遅れが命取りになりかねない。

 アントンは即時に決断した。


「グスタフ、先行して街道に抜けろ。他のものは脱出次第、後に続け」

「了解。すぐに脱出をはかグギャッ」


 沈黙――通信途絶。

 まるで測ったようなタイミングの攻撃にアントンは目を剥く。心臓が激しく脈を打つ。

 もはや考えている暇はない。


「だめだ! アントン、俺たちは狙われてるぞ!」

「やむを得ん、一斉に出るぞ。カウントする」


 アントンは胸元を手で押さえながら努めて冷静に言う。

 そうでもしなければ自分が恐慌に陥りかねない有り様だった。


「三、ニ、一……走れッ!!」

「なッ、これ――――ひぎゃッ!!」

「畜生、今度は誰がやられたッ!?」

「なんだってんだよッ!!」

「どこにいやがるッ!?」


 闇夜に跳梁する敵の姿を認めることもままならない。

 暗殺部隊は敗残兵としか言いようのない醜態を晒し、逃げ惑うように街道へと走り続ける。

 その間、断末魔の悲鳴と鉄の臭いが絶えることはなかった。

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