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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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十四/画策

〝征伐〟襲撃事件から一週間後。


「あなた、カイネ・ベルンハルトですわね!?」

「……そうだが」


 朝の食堂を訪れたカイネは見知らぬ人間の急襲に目を眇める。

 連れ立ってきたシャロンとネレムはすっかり慣れた様子である。


「……おまえさんはどこのどいつだ」

「私はエトナ・エイルシュタットと申しますわ」

「……エイルシュタット?」

「エリナー・エイルシュタット殿の御親族でありますか?」

「はい。その妹ですわ!」

「zzzz……」


 ふむ、とカイネは彼女を上から下まで見回して言う。


「で、その妹御がどうかしたか」

「はい! この度は姉上をご助命くださった恩あって……」

「……あぁ、それはだな」


 カイネは食堂中の席をぐるりと見渡す。

 そして目当ての人影を見つけた。


「あそこに赤毛の男がおるだろう。あのわけわからん金髪の隣におるやつだ」

「……見えますわね」

「おまえさんの姉御を救ったのはあやつだ。名をグラットと言う。おれが着くまであやつが抑えておらねば、おまえさんの姉御は死んでおっただろう」

「そ……そうだったのですか!?」

「うむそうだ。だから礼はあやつに言うがよい」

「か、かしこまりました。ご教示くださり感謝いたしますわ!」


 カイネは彼女を適当に言いくるめる。と、エトナは喜び勇んでグラットの方に走り出した。

 向こうが何やら騒がしいことになっているが気にしないことにする。


「カイネ殿」

「うむ。どうかしたか」

「アホで良かったと思ってはおりませんか」

「よくわかったな」

「カイネ殿は人が悪いのであります」

「嘘は言うておらんよ、嘘は」


 三人はめいめい好きな献立を取り、テーブルに着く。

 この時、ネレムもようやく覚醒したようにまぶたを開けた。


「カイネさんも、すっかり有名人になったね」

「……舐められんで済むのはよいが、面倒も増えたな」

「なにせAランクの魔術師を打倒したのでありますからな! 私も心底震えたでありますよ……!」


 シャロンはもりもりとザワークラウトを食べながら熱弁する。

 あの場には居合わせなかったシャロンだが、カイネが万蟲太母(グレートマザー)を断頭する光景は遠くからでもよく見えていたという。


「そのAランクというのがぴんと来んのだが」

「超スゴイ級だよ」

「端的すぎてわからん……」

「簡単に言うとでありますな……」


『Eランク:魔術師未満

 Dランク:ギリギリ人権

 Cランク:平均的

 Bランク:スゴイ

 Aランク:超スゴイ←ココ!

 AAランク:狂人』


「およそこのような感じであります」

「うむ。これならわかった」


 カイネは幽体(アストラル)で書かれた文面を見て納得する。


「……民間の組合ではどうにもならんのではないか?」

「というより、Aランク以上の魔術師は国でも手にあまるんだよ。だから、互助利益を餌にギルドへの加入を促す。せめて連絡先と所在を明らかにする。それくらいが取れる対策の限界なんだ」

「なるほど。であればこそ、魔術師ギルドが事件に関与している可能性は否定されるのだな」

「魔術師ギルド内で共有される依頼は、きちんとギルド側が吟味するようでありますが……今回のケースは、依頼人が魔術師ギルドを介して連絡を取っただけのようでありますからな。その後どういうやり取りがあったか、についてはギルドも踏み込めないのであります」

「……真相は藪の中、というわけだ」


 ファビュラス・ゾーリンゲンの背後関係について、カイネが引き出した情報以上のことは明らかになっていない。

 ファビュラスが依頼交渉のために訪れた住所はすでにもぬけの殻であったという。


「少し不気味ではありますが……なにはともあれ、この件は一段落でありますか?」

「それがそうはいかんのだな」

「……えっ?」


 カイネはトマト風味の豆と豚ひき肉の炒め物を口に放り込みながら言う。


「おまえさん、犯人のやつから出てきた名前は聞いておるか」

「うかがっておりますとも! マギサ教、でありましょう? マギサ教といったら――――あ」

「……思い出したんだ」


 目を丸くするシャロンを見てぽつりとつぶやくネレム。

 カイネも〝マギサ教〟の概要程度は聞いていた。


「〝近代魔術の祖(マギサ)〟アーデルハイト・エーデルシュタインを信奉する邪教集団。その本拠地や組織形態はようとして知れず、百年以上も前から名前だけが知られている。決して表立っては活動せず、国内の上位貴族にも信徒が潜んでいる……なんて、噂だよ。正直、私は実在するとは思ってなかった」

「……そして、カイネ殿は二百年前にアーデルハイト陛下を殺害した張本人……ということは」

「今回の件は、おれへの怨恨の線が濃厚だ。……つまりおまえさんらは、おれを狙った破壊活動に巻き込まれただけの可能性が高い」

「で……でも、カイネ殿は悪くないでありましょう? それに、カイネ殿は私たちを守ってくれましたし……現にひとりの犠牲者も出ていないではありませぬか!」

「今回はな。運がよかった。だが、次も同じ結果になるとは限らん」


 カイネは淡々と言う。シャロンは悲しげに眉を垂らしてネレムの表情をうかがう。


「……ネレムは、どう思うでありますか?」

「私たちの考えはあまり重要じゃない。この件に対して、教授の方々がどう考えるかだよ。……カイネさんをこの学校に留まらせておくことが、妥当かどうか?」

「そ、それはあんまりであります! カイネ殿は二百年も封印されていたのでありましょう? 外には身寄りも何もないではありませぬか!?」

「身寄りなぞ端から持ち合わせておらんよ。……おまえさんが気にかけるようなことではない」


 カイネはほんの少し優しげな声で言う。見かけとは裏腹に大人びた、外見以上の年月を思わせる声色。


「……でも」

「呵々。おまえさんのような娘が心配してくれるというならそれだけでも充分すぎる贅沢よ――まぁ、まだなにも決まってはおらんがな」

「で、では!」

「いずれ学院を離れることはわかっていた。それが少し早いか遅いか、その程度の違いだ。心の準備だけは済ませておいてくれ」

「……は、はい」


 シャロンはしょんぼりとうつむく。ネレムはスプーンを咥えたままぽふぽふと彼女の背を叩く。

 

「シャロン」

「……なんでありますか?」

「あと十五分で始業だよ」

「えっ……あーっ!? なんでそれを早く言わないでありますか!?」


 シャロンは慌てて食事の手を再開する。カイネはそのさまを微笑ましげに眺める。

 食卓がすっかり空になったところでシャロンとネレムは連れ立って立ち上がった。


「で、ではカイネ殿! 私たちは授業でありますので、これで!」

「うむ。行っといで」

「またね」


 ばたばたと小走りで食堂を出るシャロン。ネレムはぱたぱたと手を振って走り去る。

 カイネはふたりを見送ったあと、ひとりゆっくりと立ち上がる。


「……うむ。行くか」


 ***


 二度目の学院長室。

 カイネはかつてと同じようにユーレリア学院長と向い合せに座った。


「……率直に申し上げさせていただきます、カイネ殿」

「あぁ。頼む」

「会議内においてある教授の意見が大勢を占めました。……此度の事件は〝カイネ・ベルンハルト〟を狙ったものであり、この存在を学院上に留め置くことは著しい安全保障上の危機に繋がる、と」

「まぁ、予想通りの結果ではあるな」

「……申し訳ありませんわ。強固に反対した教授も数名いましたが、最終決定を覆すには至らず……」

「それはまた。物好きなやつもいるものだ」


 カイネはすぅっと目を細めて言う。


「それで、おれはどうすればいい。まさか野っ原に放り出すつもりでもなかろう?」

「ええ、まずは国王陛下との連絡を取りました。……カイネ殿、ここからはどうかご内密に願えますか?」

「……今までの話は内密ではなかったのだな?」

「その通りです。ここまでの話でしたら、教授全員の間で共有されていますから」


 つまり、ここからは教授方にも話していないというわけだ。

 カイネは興味深そうに身を乗り出す。


「で、国王陛下の反応はどうだったのだ」

「掻い摘んで言えば、〝俺の手元にそんな劇物を置くのは絶対に嫌だから貴様らで何とかしろ〟と」

「めちゃくちゃな言われようだな……」

「堅実な方なのです。突出した個は多少有用でも遠ざけるほどに」

「……珍しい王だな。いや、そういう時代なのか……」

「珍しい方だと思います。他の国ではギルドの魔術師を積極的に国防へ登用しているようですし」

「それが災いしていないのならば大したものだ。……で、おまえさんはどうするつもりだ?」


 カイネが問う。と、ユーレリアは真紅のローブの襟を正して言う。


「カイネ殿。今回の事件の元凶は何と捉えますか?」

「おれ……ではなく、か?」

「ええ。カイネ殿がどれほど傑出した存在であれ、巻き込まれた被害者であることは揺るがないでしょう」


 カイネは一瞬考えて言った。


「……情報漏えいだ。誰かが〝征伐〟の日程、おれの行き先を漏らした。それこそが襲撃事件に直結した、元凶だ」

「私も全く同じ考えです。つまり、学院内に――否、相当上位の関係者に反逆者が潜んでいるということです。これの排除に成功すれば、カイネ殿が在籍していることは些細な問題に過ぎません」

「いぶり出すつもりか」

「はい。国王陛下の許可は得ましたので、一芝居打つことにしました。カイネ殿には王都行きの馬車に乗っていただきます。これは表向き、陛下からのお招きということになっています」

「……おれを狙うものにとっては絶好の機会、というわけだ」


 カイネはちいさく嘆息する。

 ユーレリア学院長――小心者の割に大胆な手を打つ。


「実際に襲撃が行われるかは定かではありません。魔術師ギルドは神経を尖らせていますから……カイネ殿と渡り合える実力者を用意するのは難しいでしょう。子飼いの魔術師などがいるなら話は別ですが」

「……仮に実行されれば。そして、それがもし失敗に終われば……反逆者とやらは動きを見せるかもしれんな」

「襲撃者を捕らえられれば所属も割り出せます。先んじて逃げ出そうとする可能性は高いでしょう」


 偶然に頼るところは大きいが、失敗に終わってもリスクは無に等しい。やってみる価値はある。


「ですが、最大の問題はカイネ殿を危険に晒すことです。もし襲撃が成功すれば、全てはご破算になる」

「最小の問題の間違いではあるまいか? おれは元よりただの死に損ないよ。死んだならばあるべき姿に戻ったまでのこと」

「……そうまで仰ってくださるなら、安心して実行に移せます」

「頼んだぞ。上手いことベイリン殿に餌を撒いてやってくれ」

「……え、どうし――――」


 ユーレリアは失言に気づいたように口を押さえる。

 カイネは口端を釣り上げて笑む。


「なるほど。おまえさんらも目星はついておったか」

「……なぜ気づかれたのです?」

「ある教授、とやらもあやつだろう? ……〝征伐〟への同行を提言したのはアニエス殿だが、有用性を示すように話を誘導したのはベイリン殿だ。学院の外におれを引きずり出したかったのだろう、とな」

「……おそらくは。ファビュラスが敗北したため、安全保障上の観点という名目でカイネ殿を学院外に追放するのが今回の目的かと」

「おまえさんはどこで勘付いたのだ?」

「調査団に志願したあと、彼はファビュラスの存在を気にかけていたと、アーガスト教授の報告がありました。……口を封じるつもりだった可能性があります」


 目星をつけられるのも道理だろう。

 カイネはそっと席を立つ。


「時間を与えぬほうが良いかもしれんな。その方が身近な手駒を引き出せよう」

「元よりそのつもりです。……ご協力に感謝を、カイネ殿」

「その言葉は上手く行ってからで良かろう。ではな、ユーレリア殿」


 カイネは静かに頷き、後ろ手に戸を閉める。

 ――かくして賽は投げられた。

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