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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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十三/事後処理

 魔術師ギルド所属の魔術師による襲撃事件。

 事件は幸い、ひとりの死者も出ないうちに終息した。

 アニエス教授の傷はさほど重態ではなかった。適切な応急手当と治療のおかげで無事快方に向かっているという。


 事が済んだ後、アニエス教授は魔術学院と連絡を取る。

 事件後の調査や荒廃した森の後処理など、やるべきことは山積みだった。

 連絡は通信術具〝二重筆〟――記した文書が遠方の紙へと引き写される筆によって行われた。

 紙の設置場所に受信専用の祭壇が敷設(ふせつ)してあれば、往復の手間なくわずかな時間差で連絡を取ることができるのだ。


 ――そしてカイネもまた、独自の判断で動くことにした。


「……こればかりは、学院のものに口出しされぬうちに済ませておかねばな」


 事件当日の夜。生徒はすでに寝静まった時刻のこと。

 カイネは村の宿を出て備え付けの納屋に踏み入った。


「ウグッ……!! ウー、ウー……ッ!!」


 納屋の中には、ひとりの男が椅子に縛り付けられていた。

 漆黒のローブを身に付けた長身痩躯の中年男――ファビュラス・ゾーリンゲン。

 カイネは彼の口枷を外してやる。


「……我を、我をどうするつもりだッ……!!」

「学院側に引き渡して指示を仰ぐ。おれにおまえさんの処遇を決める権限はないのでな」

「ならば、なぜ今ここにいるッ……!!」


 男は血走った眼でカイネを睨む。

 カイネは冷たい目で彼を見つめ、言う。


「先に聞いておきたいことがある。素直に喋るのなら何もせんよ」

「……ッ」


 男は警戒に身をこわばらせる。

 カイネは納屋の壁に手を突いて言う。


「おまえさんの名前は」

「すでに一度名乗ったはずだ」

「言え、と言っている」

「……ファビュラス。ファビュラス・ゾーリンゲン」

「それで良い。所属は」

「……ヴィクセン王国魔術師ギルド」


 ここまではいい、とカイネは頷く。

 この男が操る魔獣はかなり有名らしい。

 彼の素性については、アニエスが万蟲太母の遺骸を一目見て看破していた。


「おまえさん、依頼を選ばぬ魔術師であるらしいな?」

「……それがどうした」

「山ほど殺しておると聞く」

「餌は多いほうが好ましい」


 カイネはちいさく鼻を鳴らし、重ねて言った。


「端的に聞く。おまえさんに依頼を寄越したのは誰だ?」

「……」


 沈黙。


「なぜ黙る? 忘れたか? それとも言えぬ理由があるか? なぜ?」

「……依頼人の機密は厳守する。ギルドの魔術師には当然のことだ」

「おまえさんは国益を損なうところだった」


 カイネはがん、と椅子の脚を蹴る。

 ファビュラスの虚ろな眼がびくっと泳ぐ。


「魔術学院の才覚溢れる若者だ。国の宝だ。おまえさんはそれをむざむざ殺めようとした。魔術師ギルドは国に楯突くつもりか? 国家反逆罪で処刑台を上りたいか?」


 カイネはつらつらと薄っぺらなお題目を口にする。

 才覚あふれる若者、という点については異論無いが。


「そうでは……そうではない! ギルドの関与するところではない!!」

「つまり、おまえさんの浅はかさが招いた事態というわけだ。……ならば言え。依頼人の名を吐け」


 ファビュラスは再び黙りこくる。

 カイネは戒められた彼の指先を、そっとちいさな手でつまみ上げた。


「残念だ。おまえさんにはもう十五本しかない」

「……は?」

「早いうちに吐いたほうが身のためだと思うがな」

「黙れッ!! 貴様に何も言うことなどな――――があああああッッ!?」


 カイネは指先に力を込め、彼の指を  した。

 ちいさな少女の指が次の指先をつまむ。


「し……し、知らぬッ! 我は何も知らぬッ!! だからッ――いぎゃあああああッッ!!」

「これは奇妙なことを言う。霞にでも誘われたか? 幻聴にでも従ったか? そんな馬鹿な話はあるまい」

「やめろ、やめッ、やめてくれッ!! 言う、言うからッ、だから――あああああああッッ!!」

「学院の生徒が――おれがここにいるのを知っていたのも妙だな。誰から聞いた? まさか偶然でもあるまい?」

「マギサ教だッ! マギサ教徒を名乗る男だッ!! 国内の貴族にも繋がりがあると……!」

「マギサ教? マギサ教の誰だ? 名を言え」

「知らない、それは本当に知らないんだッ! 末端のやつらしい、名前も何もッ……あああああああッッ!!!」

「……手の方は残り一本か。どうだ、言いたくなったか?」

「しらない、我は、もう……ほんとうに……なにも……うううううう゛ッ……」


 ファビュラスは顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくる。

 名も知らぬのは本当らしい、とカイネは判断して指を離す。


「左様か。……なれば後は学院にて沙汰を待て。おれは口出しできる立場ではない」

「……ころせ、もう、ころしてくれ。我は……」

「あいにくだが、楽に死ねるとは思わんほうがいい」


 国家反逆罪、というのは誇張では決してない。

 彼とて何も知らずに手を出したわけではなかった。


「……おおかた、あの虫の力で好き勝手やっておったのだろう。あれを失ったおまえさんを、国の偉い方はどのように見るであろうな」


 カイネがそう言ったっきりファビュラスは声もなくうなだれる。

 カイネは彼に口枷を噛ませ、静かに納屋を後にした。


 ***


 翌日、カイネらが魔術学院へと出発した後のこと。

 魔術学院から派遣された調査団は森の奥深くへと踏み入った。


「……この魔獣全てを、カイネ殿がやったのかね?」

「おそらくですが、このほとんどは。生徒らはそのように証言しておりますし、他に可能な人物はこの森にはいませんでした」


 調査団の教授と修士学生を案内するのは当時責任者であるアニエス。

 アーガストは一刀両断された無数の魔獣――虫の亡骸を見回しては驚嘆する。


 目を覆わんばかりの惨状。

 これは衛兵どころの騒ぎではない。

 人の域を遥かに逸脱した所業である。


「にわかには信じがたいものがありますが、しかし……」


 中年教授、アルフレッドはしきりに周囲を観察する。


「……生徒の被害は無かったのですな?」

「はい。一名に魔力の過消耗が見られましたが、怪我はありませんでした」


 アニエスはベイリンの問いに答え、遠くからでも見える巨大な屍を指し示した。


「そしてあちらも、〝カイネ・ベルンハルト〟の戦果に間違いないと」

「……これは……まさか……万蟲太母(グレートマザー)ではないか!?」


 アーガストはそれを一目で認識する。

〝鬼哭蟲蟲〟ファビュラス・ゾーリンゲンとその魔獣の名はヴィクセン王国において悪名高い。

 かくも巨大で、かくも醜悪な魔獣は他に存在しなかった。


「ファビュラスを捕らえたとはうかがっていたが、まさかこれを仕留めていたとは……」

「……これは、アーガスト教授。貴殿の唱えられた仮説、あり得るかもしれませんぞ」


 アルフレッドが目を輝かせてアーガストに言う。


「……いや、どうであろうな」

「おや。考えが変わられたのか?」

「考え直してみれば、魔術で実験された例は私のみだ。サンプル数が少なすぎる。以前のことは、初見の驚きから生じた言葉の綾と考えていただきたい」

「これは慎重なご意見だ。……しかし、事実であるか否かはもはや問題ではないように思えます。これだけの力が示されたのですから」

「その点については私も同感だ」


 アーガストは深く頷き、ふとベイリン教授を見やる。

 彼は拳をぎゅっと握り、万蟲太母の亡骸を見据えている。


「……ベイリン教授? どうかなされたか」

「ああ、いえ。……アニエス教授、ファビュラス・ゾーリンゲンは今どちらに?」

「彼でしたら、カイネ殿に連れられてすでに魔術学院へと向かっています。彼が何か?」

「……そうか、そうでしたら構いますまい。少し周辺の調査をさせていただいてもよろしいですかな?」

「それはもちろん、どうぞ」


 アニエスの言葉に頷いて背を向けるベイリン。

 アーガストはそのやり取りにかすかな違和感を覚える。


「万蟲太母はいくつもの昆虫族魔獣が呪術的に結び付けられた巨大魔獣のはず。噂では攻城兵器すら受け付けなかったという話だ……これをいかなる手段をもって傷つけたのか……あまつさえ切断せしめたのか。これをアーガスト教授の仮説と合わせて考えれば……」

「……熱心だな、アルフレッド教授」

「それはもう! この切断現象がいかなる術理によってなされているのか……学院に戻ったらすぐにでも実験を提案したい気分ですよ! 学院生徒を守り通したことももちろんだが、彼の存在そのものがまさに有用性の塊だ!」


 アルフレッドは喜び勇んで魔獣の亡骸を検分し始める。これは森の生態系を維持するための清掃作業も兼ねていた。

 アーガストも作業に取り掛かりながら思索に沈む。


(……何よりさらに驚くべきは、ファビュラスを生きたまま捕らえたことだ。よほど隔絶した実力差が無ければ、生きたままの無力化は困難をともなう。……敵がこれほど強大であるならばなおさらだ)


 アーガストは蜘蛛の死体から幽体結晶を抽出し、万蟲太母の遺骸を仰ぎ見る。


(この事件が誰かの仕組んだものであるとするならば……〝征伐〟の時と場所を知っていた以上、学院の関係者に通じていることは間違いない。そのものにとって、ファビュラスが捕らえられたのは大きな誤算となる。その誰かは次にどう出るか。……一計を案じる必要があろう)


 と、アーガストは思考を締めくくって作業に集中する。

 途中、彼はしばしばベイリン教授の背に視線を送っていた。 

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