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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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十二/ベルンハルト礼刀法〝抜〟

(ユニ・アーマイゼ)は前進。蜘蛛(ユニ・アラネア)は後方から狙いを定めよ。蜈蚣(ユニ・スタンピード)は突撃の時宜を測る」


 ファビュラスの戦術はそれだけだった。

 複数の兵科からなる昆虫族の魔獣による物量攻撃――総数にして数百体にも及ぶ昆虫大隊。

 されど一匹ごとの質は決して低くもない。

 Cランク相当の魔獣が次から次へと産み落とされるのだ。


「全力展開だ。先程のような隙はもはや……な……?」


 ファビュラスは万蟲太母(グレートマザー)から遥か地表を見下ろす。

 瞬間、彼の痩せこけた頬が不快げに歪む。


「……なんだと?」


 先触れとして押し寄せるは戦列をなした蟻。

 対するひとりの少女は刀を抜き払うや否や、一振りごとに戦列へ風穴を開けていく。


「あれか。あれがそうなのか? だが……押し包め」


 ファビュラスが命じるとともに蟻は前面と左右から少女に殺到する。

 少女は「……数ばかり多い!」とたじろぎもせず右に左に刃を振るい、蟻の群れを捌き切る。


「今だ。突撃せよ」


 待機していた蜈蚣が突如として鳴動。

 彼らは木々をなぎ倒し、進行方向上の蟻をも轢き潰さんばかりの勢いで疾駆した。

 否。

 事実轢き潰すつもりなのだ。


「……ふん」


 しかし少女はなおも動じなかった。

 わずかに軸をずらして突撃を往なし、一刀のもとに頭部を斬り落とす。

 これにはファビュラスも驚愕を禁じ得ない。

 剣の一振りで切断できるほど(やわ)ではないはずなのだから。


「種はもう割れておるぞ」

「……ほざいていろ」


 末端の兵を潰されたところで痛くも痒くもない。

 そしてファビュラスの攻勢はまだ終わったわけではなかった。


「――――放て」


 瞬間、数十という蜘蛛から天高く蜘蛛の糸が放出される。

 純白の網は空中で広がり、地表に向かって降りそそいだ。

 ひとたび触れれば獲物を捕らえて離さない蜘蛛の糸。それを幾重にも束ねた幽体の網は刃を立てることも叶うまい。

 少女は不意に天を仰ぎ見、赤銅色の双眸をかっと見開いた。


「クククッ。これでお終いだ――」


 万蟲太母が鳴動し、地に臥せっていた前脚を掲げる。

 巨大な前脚は蟷螂(かまきり)のそれに酷似していた。

 ファビュラスは蜘蛛の糸が着弾する瞬間を見極めるように狙いを定め、そして命じる。


「行け。奴を仕留めろ、万蟲太母ッ!!!!」


 ――――ひうん。


 と、それだけで十尺もありそうな前脚が風を切る。

 クモの巣状に白糸が広がる地表において、万蟲太母の刃はことごとくを薙ぎ払った。


 直後、ファビュラスは痕跡を確かめるように地表を見下ろす。


「……クククッ、染みも残らんだか。これは勿体無いことをした。おまえに食わせればさぞ良い餌になったろうに」


 ファビュラスは痩せた手で万蟲太母のつるりとした頭を撫でる。

 その手つきはどこか愛おしげですらある。


「勝手に殺してくれるな」

「――――ッ!?」


 ファビュラスは至近距離から聞こえた声に目を見開く。

 声の主は、万蟲太母の前脚の上に立っていた。

 少女は鞘に納まった刀の柄に指を絡め、翔ぶように前脚の上を疾駆する。


「ふ、振り落とせ万蟲太母ッ!!」

「ぬるい」


 五丈(15m)を超える巨躯が上下に身を揺さぶる。にわかに地鳴りが引き起こされる。

 されど彼女は小揺るぎもしない。

 少女は前脚の付け根を蹴り、手のひらの中で鞘ごと刃を返し、跳ね上げるように抜き払った。


「――――去らば、過ぎたるものよ」


 銀の剣光がまたたく。

 鞘走る刃は風を切り、遅れて一陣の剣風が吹き抜けた。


「……なんだ。なにをした? なにも――」


 起こらないじゃないか、と。

 ファビュラスが言いかけた瞬間、万蟲太母の頭部が〝ずるり〟と滑る。


「――――な……?」


 ファビュラスはたたらを踏むように後ずさる。

 一歩、二歩、三歩。

 後ずさり、ついには尻餅をついた瞬間――巨大な魔獣の頭部が〝ごとり〟と地に落ちた。


 ***


「あ――――あああああああああああああッッッ!!!」


 狂を発したような絶叫を耳に聞く。

 カイネは跳ね上げた刃を返し、空中で身をひねって着地姿勢を整えた。

 

 ベルンハルト礼刀法〝(バツ)〟。

 腰に差した刀を抜くと同時に刃を返し、すかさず斜に斬り上げる。

 本来は馬上の騎士を斬殺するための技である。


「……彼奴(きゃつ)は引きずり下ろせなんだか」


 殺すだけならば容易い。

 だが、彼からは聞き出したい情報が山ほどあった。


「……カイネさんッ!」

「油断するでないぞ。まだ虫が山ほどおる」


 カイネは接地するとともにネレムに言う。

 第二班の三人は声もなく唖然としていたが、ふと我に返ったように表情を引き締めた。


「一気に片付けたい。おれが取りこぼしたのを仕留めてくれんか」

「わかった。……やるぞ」


 ソーマが他ふたりに目配せする。彼らは揃って首肯する。


「……巨大魔獣の幽体反応、消滅を確認。ファビュラスはなおも健在」

「新しいやつはもう産まれんな?」

「その心配はないはず。魔獣を産み落としていたのは万蟲太母だけ」

「ならばかまわん。――――いくぞ」


 と、カイネが地を蹴った瞬間であった。

 残存する魔獣が全て突撃を開始する。

 まるで万蟲太母の遺骸を守ろうとするかのよう。


 ――――ザザザザザザッ、と絶え間ない足音が森の中を席巻する。


「……つまらぬ足掻きを」


 向かいから押し寄せる魔獣の波は、カイネがファビュラスに迫る道を妨げた。

 カイネは近くに寄った端から蟻を斬り、蜘蛛を斬り、ムカデの頭を斬り捨てる。

 鎧袖一触、と言い表すが相応しい。

 ひとたびカイネの剣影に踏み入れば、無事に逃れた魔獣は一匹たりと存在しなかった。


 それはさながら剣の結界。

 寄らば斬り、寄らねば寄って斬り捨てる。

 まるでカイネを押し包むように迫る魔獣の群れ――その九割方は一刀のもとに斬り伏せられていく。


「く……狂ってる。あんなのがずっと学院に封じられてたってのかよ!?」

「つべこべ言うな。俺たちはそれに助けられたんだからな……!」

「……私、夢でも見てるのかな。もう死んでるとか……?」

「現実だよ、まちがいなく。……これは、シャロンが見たがるだろうな」


 二班の三人にネレムの魔獣が加わり、後方の戦力も増強されている。

 カイネが討ち漏らした魔獣は四人の集中攻撃によってたちまち殲滅された。


 そして最後に残されたのは一匹の(ユニ・アーマイゼ)

 彼の武器は高濃度の蟻酸(ぎさん)、そして鋭利な牙のみ。

 蟻は恐れを感じさせぬ勢いで刀を振り抜いた直後のカイネに飛びかかり――


「おまえさんで、終いだ」


 カイネは残心とともに鞘を抜き、蟻の横っ面をしたたかに強打した。

 返す刀で腰をひねり、高く掲げた刃を首根っこに振り落とす。


「ギィィィッッ」


 蟻は不気味な断末魔をあげて絶命。

 カイネは虫の死骸が散らばった光景を見回し、ひゅん、と軽く血払いした。


「……よし、おまえさんらはこの方角を道なりに行け。シャロンとギャレオがアニエス殿の護衛をしておるのでな。合流して森を出よ」

「か……カイネ殿は、どうするつもりだ?」

「畏まらんでも良いと言ったろう。おれは……」


 カイネは森を縦断するように斃れた万蟲太母(グレートマザー)を見上げる。

 その頭上にいたはずの魔術師の姿はすでに無い。


「おれは、彼奴を追わねばな」


 ***


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!! クソッ!! クソックソックソッ……!!!」


 ファビュラスは呪いの言葉を溢れさせながら森の中を走る。

 彼のかたわらには十数匹ばかりの魔獣がいた。

 万蟲太母(グレートマザー)とは比べるべくもない木っ端である。


「我が……我が万蟲太母がッ……あのような小娘にッ……!!」


 彼女が――否、彼が何者であるのかファビュラスは知っていた。

 魔術師ギルドに連絡先だけを寄越してきた依頼主からの情報。

 ファビュラスは半信半疑だった。虫たちが次々と斬り伏せられる光景を見るまでは。

 だが、関係ない。万蟲太母の力をもってすれば、古い時代の遺物など恐れるに足らず――そのはずだったのだ。


「ハッ、ハァッ、ハァッ……!! ウグッ……!!」


 ファビュラスは不意に木の幹に手のひらを突いてうずくまった。

 吐瀉物が男の口をついて溢れ出す。

 人生をかけて成し遂げた研究の産物。自らを国家規模(Aランク)の魔術師たらしめる存在意義(もの)――それを一瞬にして失ったのだ。

 深刻な心的外傷がファビュラスの精神を苛む。


「……貴様ら」


 ファビュラスは顔を上げ、自らを取り囲む虫たちをぐるりと見渡した。


「共喰らえ――〝壷中巫蠱〟」


 ファビュラスが命じた直後、虫たちは躊躇いなくお互いを喰らい始めた。

 ファビュラスは汚れた口元を拭いながらほくそ笑み、その様子を眺める。


「……大丈夫だ。我には力がある。あの時とは違う。此度は三十年もかけるものか。三年だ。三年でおまえを蘇らせよう、万蟲太母」


 (ユニ・アーマイゼ)

 蜘蛛(ユニ・アラネア)

 蜈蚣(ユニ・スタンピード)

 三種複合の十数匹がひたすらに共食いを続ける。


 やがて最後に残されたのは一匹の蟻。

 体高はおよそ八尺(240cm)ほど。二十本の脚と鋭い牙を備えた胴長の合成魔獣である。

 これでもCランク程度の魔術師ならば一方的に殺せるだろう。ファビュラスはその出来栄えに頷く。


「……そうだ。次はおまえだけではない。我が生涯を賭け、この大陸に百の太母を創り出す。例え一匹が欠けようと、九十九の太母が仇を喰らおう。太母の死した屍を喰らわば、我が万蟲太母は永遠に欠けることはないッ!!」

世迷い言(よまいごと)を」


 ひゅん、と剣風が吹き荒ぶ。

 びちゃ、と何かが地に叩きつけられる。


「……え?」


 ファビュラスが後ろを振り返れば、そこには合成魔獣の首が転がっていた。

 

「あ」


 ファビュラスは前方に向き直る。

 そこには一振りの刀を構えた少女がいた。

 少女の姿をした化け物――――〝刀神〟カイネ・ベルンハルト。


「お終いだ。大人しく縄に――」

「アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


 ファビュラスは黒ローブの懐から杖を抜く。

 カイネは踏み込み、刃を返し、腕を付け根から跳ね飛ばした。


「――――ギャアアアアアアッッ!!!!」

「……やかましいやつだ」


 激痛のあまり地面にもんどり打つファビュラス。

 カイネは彼の背中を踏みしだいて押さえつける。

 ファビュラスは瞬時に悟った――彼は自分の持つあらゆる情報を絞り取るつもりだ。


「アガッ!?」


 瞬間、カイネの細腕がファビュラスの首を押さえ、反対側のちいさな手で組木細工の口枷を噛ませた。


「……すまぬが、おまえさんを死なせてはやれん。洗いざらい吐いてもらうぞ」


 ファビュラスは絶望とともに歯噛みする。苦悶の声すら漏らすことはできない。

 次の瞬間、頭部をしたたかに打たれ、ファビュラスは意識を遠退かせた。

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