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王配は18歳  作者: 海水
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【2】出撃したのは18歳

 マルティナは、中庭にいるレナードに話をするために向かっていた。爽やかな風に吹かれ、赤いドレスの裾が暴れるのをおさえながら、ゆっくりと歩く。レナードが頭に赤い鳥を乗せて中庭を訪れたマルティナを見てきた。マルティナの姿を認めたのか彼の頬が緩んでいくのがわかる。

「マルティナ叔母様。そんなに暗い顔をして、どうしたの?」

 レナードは何も知らなさそうな純真な笑顔を振り撒いている。その笑顔はマルティナの荒れた心に染み入ってくるが、同時にその笑顔を悲しみに変えてはいけないとの想いが湧いてくる。

「ねぇレナード。ここも遠くない日には戦火にまみれるわ。そうならないうちに、貴方は国に帰った方が良いと思うの。いいえ、帰るべきよ」

 マルティナはレナードを見つめた。

 彼の身長はマルティナとさほど変わらない。ヒールを履いているぶん、マルティナの方が目線が高い。レナードはマルティナの言葉を聞きつつも、表情を変えず、見上げてくる。彼は逆にマルティナの手を両手で握ってきた。

 驚いたマルティナが手を引こうとするが腕はいう事を聞かない。マルティナが戸惑っている隙に、レナードの右手が彼女の頬に当てられた。その手から熱い何かが頬から全身に廻っていく。その熱の流れは彼女の鼓動を速めていった。

「大丈夫だよ、マルティナ叔母様」

 甘く、とろけるような彼の声がマルティナの耳に届く。彼の鈍色の瞳は細く閉じられ、マルティナは一瞬だけ違和感を感じたが、それも考えられなくなってしまった。

 レナードの顔が近づき、唇に柔らかい感触が伝わる。触れるだけのそれはすぐに離れてしまった。忘れていたその感触に顔が熱くなり、心の中に「もっと」という渇欲が生まれてしまう。

「マルティナ叔母様? 僕はもう色々な手を打ってあるんだ。トバイアス王国の兵も釘づけにしてある。もう大丈夫だけど、叔母様の心配する顔は見たくないから僕が終わらせて来るよ」

 ぼぅっとする頭にはその言葉は染み入らないが、マルティナは人形の様にコクコクと頷いた。レナードはニコリと微笑み、マルティナをエスコートし始めた。マルティナは熱に浮かされた乙女の様に、黙って手を引かれ城の中に戻って行く。

 長い石廊下を歩き、階段を登り、マルティナは女王の寝室へと誘われる。廊下ですれ違う人たちは一様に驚いた顔をするが、黙って二人の歩みを見つめていた。

 そのまま寝室に入るとマルティナはレナードに抱きかかえられてベッドに運ばれていく。マルティナ女性にしては長身だ。つまり重いのだ。だが、力など無いと思える外見にも関わらず、レナードは軽々とマルティナを運んでいった。

「マルティナ叔母様。大分疲れているようだから、ゆっくり休んで、待っていてくださいね」

 レナードから甘い声がかかり、マルティナの頭は何も考えれらなくなり、その身をゆだねている。優しくベッドに寝かされ、レナードに深く口づけされたマルティナは、そのまま意識を手放した。





 部屋から出たレナードを捕まえたのはソライエだった。扉の前で待ち構え、出てきたところに声をかけた。

「レナード殿――」

「今から出撃します。マルティナ叔母様はドレスのままなので、着替えをお願いします」

 ソライエの意言葉を遮り、一点の濁りもない鈍色の瞳は、力強くそう言った。

「出撃って――」

 驚嘆の声を上げるソライエにレナードはにっこりと微笑んだ。だがその鈍色の瞳は、笑っていない。冷たい光を湛えたその瞳に、ソライエはぶるっと体を震わせた。

「いま前線にいる軍には、そこから後退する様に指示を出してください。彼等を巻き込んでしまいますから」

 その冷たい笑顔のまま、レナードは強く言葉を紡いでいく。

「マルティナ叔母様にあんな顔をさせた彼等を、生かしては返せません」

 ソライエは言葉を返すことも出来ずに、踵を返して廊下を歩いていくレナードの背中を眺めていた。





 マルティナが目を覚ましたのは翌朝だった。ベッドに寝かされ、深く口付けをされたのまでは覚えている。その感触は今でも残っているようで、指先で唇に触れると、その時の蕩ける様な快感を思い出したマルティナの胸は焼けるように熱くなる。

 痺れるような愉悦に浸っているマルティナだが、大事なことを思い出し、ベッドから飛び起きた。

 レナードだ。

 彼は『僕が終わらせて来る』と言った。彼を止めなければ。

 マルティナは今の姿が寝間着(ネグリジェ)なのに気が付いた。意識を失った時は赤いドレスだったはず。

「まさかレナードが?」

 マルティナは自分の体を抱えた。もしかしたらレナードに身体を見られたのかと思ったのだ。マルティナが狼狽えているそんな時、扉がノックされ、ソライエの声が聞こえてきた。

 マルティナはクローゼットにかけてあるガウンを羽織り、返事をした。するとソライエが侍女と共に中に入って来る。

「おはよう。良く寝られた?」

「レナードは?」

 体調を尋ねてくるソライエに対し、マルティナは質問で返した。ソライエは目を開いて驚いたが、ニヤリとし、目を細めた。

「熱烈に言い寄られて、(ほだ)されでもしたかい?」

 ソライエに言われ、マルティナはまた先程の痺れるような感触を思い出し、頬を赤く染めた。

「おやおや……で、レナードだけど、昨日出て行ったよ。どこから湧いて出たのか知らないけど、真っ白な馬に乗ってね。前線の兵士を下げろって言ってきた。何をするつもりなのか……」

 ソライエが呆れてため息を吐いた。だがマルティナはレナードの言葉を思い出いだした。

「レナードは、既に手を打ってあるって言ってたわ!」

「手?」

 ソライエは怪訝な顔をする。それは当然だろう。マルティナとてわかっていないのだ。

「なんでも敵は釘づけにしてあるって言ってるの」

 マルティナはレナードの言葉をなぞった。その言葉にソライエが腕を組み考え込む。

「偵察のために斥候部隊を出してるんだけど、森の中でやたらと獣に鉢合わせして偵察が出来ないって報告はきてる。おかげでトバイアス王国軍の状況は分らないんだけど、近隣の村にも襲われた形跡は無くて、何も変わっちゃいないらしいんだ」

 ソライエご軍からの報告をマルティナに伝えてきた。国境近くの村の住人は全て非難させている。今は城がある王都に匿っているのだ。村を襲って食料を略奪するのは戦争での当たり前の行動だった。だがその村に何も被害が無いという事は、トバイアス王国の軍も来ていないことになる。

「情報が無いと、何も判断できないわね」

 マルティナは既に女王の顔に戻っていた。

「ともかく着替えて情報を整理しましょう。それと、足の速い部隊を編成して、レナードの後を追わせて!」

 マルティナの指示に、ソライエは黙って首を振った。

「すぐに後を追わせたけど、とても追いつける速度じゃなかったらしく見失ったそうだ。だた、向かった先は間違いなく国境の方角だって話だ」

「そう……」

 マルティナは項垂れた。レナードには何か策があるのかもしれないが、マルティナには無謀にしか思えなかったのだ。義理とはいえ甥にあたり、出逢った頃から自分に良く懐いていた。会うたびにこぼれんばかりの笑みを浮かべ、抱き付いてきた。結婚式では嫁ぐ私に大泣きしていた彼を思いだし、マルティナの胸は張り裂けそうだった。

「でも部隊は派遣したから、その報告待ちさ」

 ソライエもお手上げなのか、肩を竦めていた。





 その頃レナードは白馬にまたがり、一路国境を目指していた。薄暗い森の中の一本道を、考えられない速さで駆けて行く白馬の周りには、数十匹の狼が伴走している。だが狼はレナードを襲う気配はない。むしろガードする様に、取り囲んでいた。

「すまないけど、頼むよ!」

 金色の髪を顔に叩きつけてくる風に流しながらレナードが馬上から叫ぶと、森のそこかしこから狼の遠吠えが木霊し始めた。数十ではすまない、数百の規模の集団であろうと推測される狼の遠吠えの数だった。

 凄まじい程の獣が駆ける足音が森に響き渡る。その音の津波はレナードを中心として厚みを増していった。

 国境までは、本来ならば早馬で二日はかかる距離だ。だがレナードは半日で到達しようとしていた。

「そろそろいいかな」

 白馬は駆ける速度を落とし始めた。が、周囲を固める狼は速度を落とさずに道を疾走していった。敵陣まであとわずかの距離であった。

 馬上のレナードが口に指を当て、指笛を吹いた。すると周囲から草を踏み分け、巨大な鹿が現れた。全て立派な角を誇る牡鹿だ。体長は三メートル、体重も五百キロは超えるであろう牡鹿が数十匹、レナードを取り囲んでいる。皆レナードを見つめており、命令を待っているように見えた。

「熊君と猿君が前衛を引き受けている間に、鹿君たちは狼君と一緒に弓兵を襲うんだ。でも、無理はいけないよ」

 レナードは言い聞かせるように、優しく話しかけている。そのレナードの肩に赤い小鳥が止まった。小鳥がピピッと囁くと、レナードはそれに頷く。

「そっか、準備が出来たんだ。じゃぁ熊君に敵軍の陣容と行動開始を伝えて」

 レナードの肩の小鳥は短くピッと鳴くと、勢いよく飛び立った。同時に牡鹿の群れも大きな足音を響かせて、森の中へと消えていった。

「マルティナ叔母様を苦しめたお前たちは、許さない」

 レナードは目を細め、敵陣がある方を睨んだ。

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