ほとりの矢
吝かではない。
時として道は矢に満ちるので、城から眺めた景色は、地獄の針のむしろを遠巻きにしている死刑囚のようで心寒々しくさせる。
我前の道は、広間のみ。
酒はまだ飲めないので、それまで生きる習わしか、少年たる身を凍らせて吹き抜けの窓枠から外を眺め見るのみの、時期当主なので、城下の街並みは、市井が通り過ぎる劣勢となって戦さ場を通るので、だがしかし自分は、道を行く民がいるときは安心して眠っているので、敵か味方か判然としないながら、戦の時だけ外を見るか、風雨に晒される前に片される矢や錆びた刀を直す、直させられる民百姓の様子を見ている。
自分の名前は、茗士 通夜。
13回目の新年を迎えてからは、後生だやめろという女郎の声を畳み越しに聞くしかなかった少年時代を一蹴しようかとも考えて、城内藩主ノ理みたいなものを交付しようかと字を勉強した。
父に足蹴にされた案は、跪くしかない身分の自分を多少は立たせてくれるような、『田ニ対し等しい米の運ぶ女』『水運びの際女のみ』というもので、うだつが上がらない女好みだと小声で叱られた。
違うわ。
それを見たときは、どこか別の襖に瞬間的に意識を飛ばしたかのような気分になった。
連れて来られた女は一つ年が上で、どう考えても俺の相手にはならないだろうとされた、上背の低い少女だった。
やめてください、と言って、父に扮した家来の懐から懐刀を抜き取り、自分の手首を思い切りよく叩いた。
懐刀を取ったことより、自分のことを下げて見ている女としての見方に少女を感じて、僕は惹かれた。
「名前は?」
「橋木 絵和。よろしくね、まだ子供?」
「うん、そう。僕は茗士 通夜。一個向こうの部屋に通じる襖が開いてて、見てたけど、手首痛くないの?」
「はい、まだ痛いけど、先のことは早過ぎるから、考えてないです。これだけでも手一杯だと思わないと。」
「それだけ答えられれば、城下町で仕事があるだろうな。話しても意味ないんじゃない?」
「話してもお金貰えないんですか。」
「絵和、金が入ったらどうするというより、金銭に対して幻想を持っていないか?俺はそういうの嫌なんだ。」
「嫌と言われても…何を書くかによる習字のようなもので、選択肢を楽しむ高等な遊びでもあるのでは?遊びを逃れて仕事をする、というのも女子にとってはまだ高貴な、代替となる風流かも知れないじゃないですか。」
「お前いくつだ、普通に聞けるな。」
「14です。」
「じゃあ結婚するんだろう、結婚相手を探しに、俺も城下に降りてやるから、待ってて。」
そう言って俺は外行きの羽織を畳まれて置かれている部屋の段から手に取って、絵和の前で着た。絵和は、少しだけある羽織の飾りを物珍しそうに見ていた。
眼下に移る畳みの布が掛けられているのを見ながら、それは普通に分かった。
城下に降りると、市が出来ていて、僕らは手に布を基本持っている出店の人間を一目見ては話したそうにしたけれど、無言のまま食い物街に着いた。
食べ物に知らず目が行くのをお互いに悟っているのを分かりながら、金の話をしたことが残り、特に何かを買おうという話にはなりずらかった。
「どうする。」
「君が言い出したんでしょう!私のことって!
手首はまだ痛いし。確かに町の人の方が賑やかしにでも私のことを想ってくれそうだけれど、私は…」
「城にいるのは俺。他はない。未来がな。あはは!」
「野蛮ねえ。はあ。」
絵和は、着流しの着物を着ていて、百姓ではなく反物屋の娘だった。
橋木という家が百姓だったら頭にされるので、絵和はきっと孤独な時代を過ごしただろうが、娘を思った訳ではないにしろ、幸運なことだろう。
商人の娘、ということになる。
市民には変わりないので、俺から見れば特別だ。
もし、戦に巻き込まれず、巻き込まれても俺が生きながらえたら、町にいるのを見守りつつ余暇を過ごしたいと思う。当然俺は他の城や、他国にこの娘を売ろうとはしなかったし、話し方役としても、彼女は有能な子だ。
「絵和、反物の客は、使いのものか女性なのか?」
「私は店に出ませんし。たまに家まで来る人は、大抵女性です。」
「そうか。客は知らないのか。」
だが、城主の息子と会っているのは微妙に風評が悪いので、家を訪れるのは後にしようと思った。
まず、この町にもある色町を通らずにいられない道に入るのを警戒したが、多分そんなに意味はない。幼心だろうと思う。
「この町には他国から嫁いだ人もいるって。食い扶持を稼ぐんですって。」
「絵和にとってそれは汚らわしいのか?」
「巫女でもあるまいし。特になにも……お金と年齢のことばかりよ。だって、女の子も十年もすれば、稼いだ人か年若い自分に傾倒するもの。」
「そうなんだな。じゃあ通るぞ。」
道は街道よりも狭い。
屋根の軒は低くなっていて、壊れた南蛮の寝具が道端に置かれている。
「ここらへんも上から見えるの?」
「馬鹿なこと聞くな。見えるものは見える。」
「そう。」
「君や君の父親が通っている様は見たことないけどね。」
「うん、ありがと。」
少し辟易としながら歩くが、身をやつせば俺も絵和も同じことだろうと思う。
色町を抜けると、飛脚の住む家々に着いたので、絵和を特に他国に渡さないために、押さえとして丁度良かったとも思った。
「いるの?私の旦那さん。」「いなければどうする。疲れる暇ないだろ、君も。」
「うん、まあそうね。」
少々白けたようにそっぽを向く様が面白くて、俺は少し笑った。
絵和が気付かないので、手を握った。
「あはは、笑ってる。」
絵和がはにかむようなので、その他の反応でないことに、最初に惹かれたのは間違いではないなと思い、確信に変わった興味の完成としての意中の人を、その姿を目の当たりにしてもいいかと思われた。
色の素で染められていない髪は普通に黒で、髪に攫われた肌は白っぽく、目の色は橙の花びらのようなので、愛嬌よりは感嘆を持たれる容姿だ、と思う。
「あれ、ここの家だけ人がいないね、働いてるのかな、今頃。」
「そこは一番よく働くことのある、葉吹の家だよ、この町だけで飛脚をしてて、変わった働き方をしてる。」
「そうなんだ。どうもありがとう。」
飛脚の仕事を選ぶのは男衆なので、俺は絵和を連れてその葉吹を探すことにした。
町を選んで仕事をするあたり、警備をしているものと比べても尚安心だろうし、というところまでは考えた。
「その葉吹を探そう。頼むといえばどこかな。手紙か、食べ物だろうけど、南蛮の菓子かな。
学問の才がある人のところを訪ねて、手紙を書きそうな人を探してみるか、いやそうしよう。南蛮の辺りだと、嫁いで来た女や婿養子が居たりして、絵和が他国に連れ去られるかも知れない。嫁として。」
「結婚相手を探すんでしょう?私は別に他国の方でもいいけど。」
「君はそういうのか。世界が広いな。でも、いつか、上手くいけば俺の市民だから、俺の見える範囲に居ては欲しいと思えるのは君なんだ。俺にも少しくらいは野心があったみたいで、それに協力して欲しい。そいつのことはどう思うの?」
「まだってこともないなー。家にいないあたり、独り身だろうね。人が。」
「そうだね。」
話に聞いた葉吹は、絵和と同じような年頃ではないかも知れないので、色町で遊んだり、商人の店に入り浸ったりしてるかも知れないが、話せば通るかも知れないと思って、宣言通り探すことにした。
学問の才がある人の元には学びたい人間が辿り着くので、人通りの多い家に絞り、この辺りかと辿り着いてみた。
「すみません、飛脚に手紙を頼んだり、頼ませたり、えっと、」
「ああ、したよ、一刻前に。今頃は菓子を運んでると思うけどね。商人の家に。」
「分かりました、ありがとう。」
あ、そうだと思い、俺は橋木の家に行くことにした。
「絵和、名前呼ばせてくれてありがとう。君の家に行って、何か頼めばいいと思うよ、仕事は続けてやるだろうし、今すぐなら間に合って会えるんじゃないかな。そういった我儘は、君ならあまり言わなかったはずだし、俗に取られてもいいや。今はなんだか楽しいし、このまま進んでみようよ。」
「そうね、通夜君。」
家に着くと、父親が奥で夕方の食事の準備をする母親の向こうで店先に出ていたので、商人であることを利用させてもらうことにした。
「お父さん、ちょっといい?城下に降りて来てくれた城主様の子供の子が、こんな我儘も言ってみろ、って。会いたいから飛脚を呼びたくて、今がいいの。何か頼んでくれない?あ、そもそもこの町で、働いてるのはその人だけなのかな。お願い。」
「仕事は他人に取られるから分からないよ。でも分かった、丁度足りないなんてことはないから、手紙だと手間を取るよね、見繕ってもらうようなら飾り物もだめだから、飴玉にしようか。いらないけど。」
「うん、よろしく。」
そこで、絵和の父親は、家の使いの少年を二人呼び出して、橋木の家に飴玉を適当に運んでもらうように、町の方に言いに行かせた。
一人少年が戻って来て、伝令が終わったことを告げた。
もう一人戻って来て、それが伝わったことを言った。
少し待つと、その飛脚が透明な筒とともに現れて、背が低い二人の様子を何とは無しに見ながら、家の主人である絵和の父親と二言ばかり話して、筒と筒に入った飴玉を渡してから、振り返った。
「探してたんだよね、通りざまに学問街の人に聞いたよ、あ、僕はあそこらへん学問街って呼んでて。で、どっちが探してたの?」
「独り身なら旦那になれ。絵和の。」
「子供だからって乱暴な言い方しないでよ。この子がその子?」
「うん、そうだ。」
「学才はないけど…」
「でも俺がその飛脚の、葉吹 狼だよ。探し人であってる?」
「当たりだ。」
「はい。良いでしょうか?」
「馴れ初めとしては無難だね。いいよ。」
この人は俺を範疇に入れてないから、いい結婚だろうな。
俺はそう思って、少しくらいは安心した。
矢が道に射られてからでは遅いので、俺は城に戻ることにした。まだ傷付いてはいけない。
絵和と狼はそれなりに傷つくかも知れないしその権利が俺よりはあったが、それだから結婚の式にも自分は参加しなかった。
あとは死ぬか生きるか。
窓を見るのが段々怖くなり、矢が飛んで来はしないかと、思っていたら目の前で父親が死んだ。
返り血を浴びた。
実行したのは敵の先駆けで、これから先も敵が来るだろうと思われたから、この町の将になるかも知れない自分は結んでいた髪を解いて女の演技をした。
無言の偶然居合わせた女を装っていたら、台所勤めの人間たちのところに連れて行かれて顔を確認された。俺だという疑いが掛けられただけで顔を張られそうだったので、変に心を煽らないように、それすら避けようと思った。
幸い先駆けが生き残っていただけで、作戦で勝利していたらしく、うちが抱えている家来たちが道に矢を残し風雨にさらして人の消耗を見せかけていて、それがすぐに分かり、その先駆けは交渉のち他国に帰して均衡を保とうとするようなので、俺はすぐさま髪を縛り変装を解いた。
万が一のことは嫌だ。
城主になった後、他国とまるで和平を結ぶ気がしなかったらしい父親の後を継ぐ必要もなく、戦争はあっても和平は結ぶという案を通し、弓矢の勉強をしたあと、家来に混ざって戦に出るようになり、そこで見つけた他国の子と結婚して、城外で式をあげ、絵和と狼の様子を見たりしたあと、残りの人生を城で、戦さ場で生きることに決めて、母親を市井で見つけ出したあと共に暮らし、家来を纏め上げることで金回りをよくして生計を立てた。
僕は、身篭ったその子を外に捨てなかったので、城の守りは自然厚くなり、反乱分子を見つけるのが好きな子供は、政治を覚えて町は少しくらいは大きくなって、名前がつき、茗城町は栄えた。