続きまして演劇部員がお送りします。
続きのようなアレですが、前回よりも平坦というかテンションは低いです。
「お聞きになりました?お姉さま!」
「ええ、ええ、聞きましたわリリアンヌ。なんでもこのお嬢さん、舞踏会に行きたいのですってね!」
「そうですお姉さま、その通りです!ならばお姉さま、美と変貌を司る我がスワロウテイルの名にかけて!」
「ええ、ええ、リリアンヌ。その願い、聞き届けない訳には行きません!」
ほぼ仕上がった、というかそれぞれの家から持ち寄ったドレスの裾が舞い上がる。舞台の上でも目立つように若干の手が加えてあるものの、元々は高級品だ。ひらりと舞い上がる私の細かいレースが入ったバッスルスタイルの布と、先輩が着る豪勢なローブ・デコルテドレスの広がった裾の布とが交錯する。
色味もなるべく鮮やかに舞台に映えるようにと、お互いの家の古着を漁ったら奇跡的に出てきた一品たちだ。ローブ・デコルテはともかくバッスルがあるって我が家は一体どうなっているんだ。そこまで古い一品ではないが、やはりそれなりに腰が重たい。先輩も私も昔の貴族程締めてはいないものの、コルセットもつけているので腹筋がやたらと潰される感覚がある。あらゆる意味で筋肉痛を覚悟する。これ、リハなんですけど?本番やばくね?
今回の総文祭で演劇部に与えられたテーマは「童話」である。多分どの学校もそれなりに捻ってくるだろうが、うちはわりとストレートに行く事にした。
ものすごく身も蓋もない言い方をするのなら、「野ブタがプロデュースされる系シンデレラ」である。
舞台背景は中世っぽい世界観。シンデレラ、あるいはグリム兄弟による灰かぶりにおいて、主人公に豪華な衣装を与えるのはいずれも魔法使いや、彼女が普段世話をしている鳩だった。
しかしながら、彼らは与えただけだ。魔法使いはそら見事にメイクまで魔法で済ませてしまったのかもしれないが、鳩にメイクができようはずもない。灰かぶりのメイク道具は連れ子の姉たちに搾取されていたとも限らない。
今回灰かぶりをうつくしい姫に仕立て上げるのは人間だ。それが私と先輩演じるスワロテイル姉妹である。
灰かぶりは当初突然現れた姉妹に戸惑うが、やがて素直にそのアドバイスを聞き入れて美しくなっていく。そして舞踏会で王子に告白されるものの、自分の美しさに気付いた彼女は姉妹に深く感謝をささげ、美を伝える伝道師となるべく国の外へ飛び立つ、というものである。王子が完全にチョイ役だ。シナリオを持ってきた黒戌は心なし生き生きしていた気がするが、彼は王子と呼ばれるものが嫌いなのだろうか。
ある程度姉妹と灰かぶりのシーンが済んだ所で、ようやく休憩になる。ドレスは中々重い。その上声を張るものだから、汗がものすごいことになっていた。梅雨の時期の割に雨の降らない、空梅雨であることも関係しているだろう。なにせ、気温が高くなるにつれ湿っぽさも増していく。如何に金持ち学校とはいえ、体育館中にいきわたるような空調はさすがにないのだ。空調がある時点で驚きを禁じ得ないが。
後に引っ込んで思わず椅子に座り込む。先輩も結構ぎりぎりらしく、座り方こそご令嬢らしかったが、座ってからはバタンキューである。裏方の子が作ってくれたドリンクをこれでもかと吸い上げながらドレスをもそもそ脱ぐ。ここでは鶴迫家の一人ではなく、演劇部員の二年生という扱いが定着しているのがありがたい。
「鶴迫先輩、後ろ失礼しますねー」
「ありがとう……」
汗臭いだろうに、後輩の一人がドレスを脱がすのを手伝ってくれた。何やら背中に視線を感じるが、「うわ先輩汗すご」とかそういう視線だろう。
引っ込んだ先は一応更衣室というか、女子控室扱いなので、空調も段違いにきいている。汗で風邪をひかないようタオルで拭いつつ、ドレスを完全に脱ぎ去った。駄目だ、制服を着れる余裕がない。私は迷わずこんなときのためのジャージを手に取る。
「あら」
言葉遣いは完全に大人しいお嬢さんだが、内心の言葉をそのまま出すなら「おっと」である。ぶるぶる震える携帯を手に、中の部員たちに断って廊下に出る。少しばかり廊下の方が暑い。
『鵺さん』
「花緑様ですか」
『そうです。すみません、練習中でしたか?』
「いえ、丁度休憩です」
どうされました?と問いかけると、「差し入れがあります」という花緑の言葉。私が一瞬言葉を詰まらせると、彼は苦笑した。
『僕一人です。赤羽会長たちはいませんよ』
「ありがとうございます。今、どちらに?」
『裏手の方に来ています』
「判りました」
まとめていた髪をほどき、適当に櫛で梳いてから後ろで一つに結んだ。演劇部たる鶴迫鵺を知らない者が見たら、恐らく驚きのあまり五度見される自信がある姿だ。けれど花緑の前ではこれでいい。
「花緑様?」
裏手の方へそろりと顔を出すと、やや緑がかった瞳と髪を持つ青年が、うっすらと微笑んだ。綻ぶ前の蕾のような笑顔である。
「頑張ってるみたいですね」
「おかげさまで。どうぞ」
「お邪魔します」
すっと入ってぱたんと閉める。流れるような動作は慣れたものだ。
さて、花緑ルートもといヌエコンルートを防ぐべく、当時十歳の私はそらもう頑張った。かなりかいつまんで言うと、この儚い容貌をしたおっとり系男子を、ムエタイの県大会で優勝一歩手前までもっていかせたくらい頑張ったのだ。このあたりは今はもう触れないでほしい。
元々の花緑ルートは、ヌエコン兼、女性恐怖症ルートでもあった。十歳の時美少年に欲情する系のメイドに逆レイプされそうになった所を鵺がたまたま通りがかって助けるのが原作であり、更に付け加えて言うなら、ゆかりと鵺がまざった私は「男の子が弱いままじゃいけません!」と武道を一緒に習ったのである。助けてそのまま放置だった原作と比べると、大分熱血少年漫画みたくなった。私は中学生になると同時にムエタイをやめたものの、彼は未だに忙しいスケジュールの中に週二のムエタイを捻じ込むことを続けているらしい。
『鵺さんが僕を助けてくれる。鵺さんだけが僕を救ってくれる』
ゲームの中での花緑の口癖はこんな感じだった。今ではそんなこと欠片も匂わせたりしないが。
七瀬聖親衛隊、もとい生徒会の中で私に友好的なのは彼だけとも言えるだろう。ただ大っぴらに仲良くすると花緑が浮いてしまうので、こうしてこっそり差し入れを貰うくらいだが。そういえば、この差し入れの習慣もなんだかんだで半年とちょっとは続いていた。改めて思うと、割と驚きの新事実である。
「レモンの蜂蜜漬けは本当にありがたいです」
「僕も結構重宝してるからね。喜んでもらえるなら嬉しいよ」
何も考えずに適当に高い菓子を渡してくるよりよほど好感が持てる。部員全員、とはいかないが、ある程度集まってもらって何箱かに分けてもらっているそれを全員にいきわたるように配る。私も勿論つまんだ。舌にふわりと蜂蜜に甘さが広がったかと思えば、絶妙に甘さで中和された刺激がそのあとに口腔に満ちる。至福の時だ。身体がビタミンを欲しているのも、同時にかなり痛感する。
「最近、ごめん。なんか会長暴走気味でさ」
「そうですね。あの人に暴走癖はなかったと思っているんですが……」
なにせ自称兄のコピーロボット(ゲームより)である。赤羽兄は間違ってもあんなふうに色々決めつけて暴走するタイプではなかった。勿論、赤羽自身もだ。
「何かに誘導されているみたい」
ぽつりとつぶやいた私の言葉に、花緑はどこかはっとした様子を見せる。悩ましげに眉を寄せる姿は男らしからぬ色香があり、女であるはずの自分の色気のなさを嘆きたくなるほどだ。
「心当たりが?」
「いや……憶測の域を出ないし、もう少し様子を見る事にする、かな」
「そうですか」
まあどうでもいいんだけど。
あの男も、七瀬聖と出会うまではまだ可愛げがあったのだ。兄に恥じないよう、兄と同じように、兄に近付くべく、兄、兄、兄。赤羽の頭の中は己の兄のことで一杯で、そして兄に圧倒的に劣る自分にもがいて、周囲を欺くことに必死だ。
憐憫と、少しの同情。私が彼に抱いたのはそれらで、この婚約が無事に成立したのなら彼の隣で妻として、あるいは道具として赤羽悠真を支えることも吝かではなかった。牙を抜いた上に手ひどく殴られた獣のような哀愁が彼にはあった。
ま、そんなもの、七瀬聖と出会って霧散したけども。
「鵺さん」
「何かしら?」
「赤羽会長のこと、まだ見限らないでいてやって」
「その心は?」
「まあ……彼は数少ない、僕の友人だし、ね」
ふうむ。どうでもいいのは確かだが、見限るだのなんだの、となると話は若干変わってくる。
「それはお約束できません。私には両親に彼の行動を確と報告する義務があります。その上で、再び我が家が下す決断に私は従うまで」
鶴迫の家に生まれるというのは、そういうことだ。家訓は利害損得。感情面から訴えた所で、我が家は表情をぴくりとも変えない。ぶっちゃけ私も普通の社会人だったゆかりの意識が溶け込んだから、今の性格になったわけで、我が家は家系的に若干サイコパスの気があるのだ。
人の気持ちがわからない、わかる気もない。執着はあれど愛着はない。悲しまないし愛さない。少なくとも私の母親はそうだ。女系家族なのが唯一の救いだろうか。私の下には、双子の、私以上の怪物を飼う妹と、それに振り回される可哀想な弟がいる。
恐らく花緑もそれは理解していることだろう。仕方ない、とでも言いたげな表情だった。
「だからきみは…………」
「はい?」
妹のことを考えて少し憂鬱な気分になっていて、花緑の言葉を聞き逃した。思わず聞き直すような仕種を取ってしまったけど、彼は語るつもりがない様だ。「なんでもない」と首を左右に振られては、私も言及する理由がないので口を噤むしかない。
「あと五分後に練習再開しますけど見ていきます?」
そう訊ねると、彼は少し嬉しそうに「うん」と頷いた。




