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人生と物語について少し考えてみた

作者: クノン

重要なこと


 物語において、最も重要なのは始まりと終わりだと私は思う。

 物語の始まりで人を魅了し、終わりで感動を送るからだと思っている。


 なら、人生において重要なのはどこだろうか。

 個人的に過程だと思う。

 何のために生まれ、何のために死ぬかなど、考えたとしても無駄である。

 何をして、何を感じることが出来たかが人生において重要なことじゃないのだろうか。


 物語の過程とは、終わりを引き立てるための物だと私は思う。

 過程があったからこそ終わりに感動できる。いきなり、終わりを見せられても感動などできやしない。

 ならば、人生の過程とは、物語のように終わりを引き立てる物であるか?


 否である。


 人の終わり、つまり、死を引き立てるために私たちは人生を過ごしているのではない。

 何のために過ごしているのだと聞かれれば十人十色であるが、なんらかの楽しみをするために生きているのではないだろうか。


 車でドライブに行きたい、ゲームをしていたい、誰かと共に過ごしたい。


 これらのように、楽しむという過程こそが人生において重要なことだと私は思う。



終わり


 人生に対して終わりは必ず来る。もちろん死ぬことだ。

 では、物語の終わりはどこだろうか。


 主人公が死ぬことだろうか、強大な悪を倒した時だろうか、ヒロインと結ばれた時、親友の恋を成就させた時、色んな終わりがあるだろう。


 ただ、この物語が集まる場所である「小説化になろう」に対して考えてみよう。

 完結済みというのが物語りであることは語る必要はないだろう。

 なら、完結をせずに何年もの間、更新のない物語は終わっているのだろうか?


 否である。


 終わっているなど言えない。物語の中で主人公達は終わるべき時を今か今かと待っているのだ。

 物語とは話し語ることだ。語りだしたのなら終わりを見出さなければならない。それが語り手の使命だと思う。


 人生において終わりは必ず来る。だが、物語において終わりは必ずではない。

 終わることの出来なかった物語たちは、永遠の時を過ごし、語り終わることを願っているだろう。

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