壁に耳あり障子に目ありという言葉がありまして
「えーと…。どこから話せばいいんですかって言うかモンスター除けの結界が壊れたってどういうことですか!へまって何ですか!」
セティアは訳が分からないとばかりに冒険者ギルドから派遣されたと言う二人に詰め寄る。
「えー?言った通りの意味よ。魔法士機関の連中が」
「はいはいはい!!そこまで!また上に目ぇつけられんだろうが!」
「何よ。今更じゃない。」
女性の話を言い終える前に男性の方が慌てて口止めを行う。一体この状況はなんだ。
「コホン。…とにかく今はこちらとしても事情を把握したい。何があったんだ?」
男性は気を取り直して俺たちに話しかけてくる。よくわからないが、さっさと話をしてしまった方がいい気がする。
「えーと、」
「ちょっと待って!自己紹介をしていなかったわ。私はヴィオラ・タナー。こっちはフリット・バーグ。私たちは冒険者なの。あなたたちは?」
「あっ、私はセティア・ヴィーノと言います。こっちはシューヤ。」
「…どうも。」
俺が事情を説明しようとした瞬間、女性―ヴィオラさんの方が話の腰を折ってしまった。セティアもさらっと猫をかぶり対人モードにシフトしているようだ。…男性―フリットさんがイライラしているのがわかる。ご愁傷さまですってやつだ。
ふと視線を感じた。
「どうしたの、シューヤ?」
「いや、別に。」
誰かの視線を感じて辺りをきょろきょろ見ても俺たち以外に誰もいない。気のせいかと思いつつ念のために『透視』を使って辺りを確認する。
(…あれ?)
町の中を見ていると例の権力者たちが町に帰ってきていたのを見つけた。じっくりと観察すると彼らはかがみこんで何かを拾っているようであった。彼らが何かを話しているようだが流石にそこまではわからない。けれどもなんだか嫌な予感がする。まだ体は重いが仕方がない。実際に行ってみるしかないだろう。
ベンチから立ち上がると軽い立ちくらみに襲われる。本当ならば『瞬間移動』でさっさと移動したいのだが、『瞬間移動』は移動場所を視認(『透視』の視認でも可)するか、しっかりと集中して行きたい場所をイメージする必要がある。これだけ疲れていると上手く集中できそうにない。『瞬間移動』でひとっとびは無理そうだ。
「シューヤ!大丈夫なの?」
「あんまり大丈夫じゃない、けど、そうも言ってられないみたいだ。」
気分は最悪。だが彼らをほっとくとろくなことにならないような気がする。つらい体を鞭打っていくしかない。
これも俺の今後の生活資金の為だ。頑張りますか。
「悪いセティア。俺はもう少しやんなきゃいけないことがある。その人たちに事情を説明しながらちょっと待っててくれ。」
「ちょっと!?シューヤ!」
セティアの制止を振り切って俺は走り出した。
「さてと。どうすっかな…。」
セティアと別れた俺は走りつかれて一人で歩いていた。勿論向かう先は権力者のところだ。しかし、
「いきなり声をかけても警戒するだろうしなあ。」
何も考えずに飛び出してしまったからなあ。しかし俺のTRPGで培ってきた勘では、こういう時に脳筋スタイルは厳禁だ。まずは情報集めだ。脳筋スタイルはそれからでも遅くない。
「よし。」
そう決めた俺はこっそり隠れて彼らの話を聞くことにした。そのためにも早く彼らのところに向かわなければ、そう考えて少し歩く足を速めた。
「いやーこんなに『魔核』が取れるだなんて。ありがたい話だ!」
「本当よねぇ。思ったよりもモンスターの進攻が早かったときはどうしようかと思ったけれど。」
権力者たちのいる場所までたどり着いた俺は、権力者たちの近くにある物陰に潜む。彼らを観察しながら話に聞き耳を立てる。どうやら彼らはモンスターが変わった宝石もどきを集めているようだ。
「しかしセティアの奴め…。我々がここまで育ててやった恩を仇で返しおって。」
「全くだ。あの両親も我らのやることに対してことごとくケチをつけて来たしなあ。」
「奴らは裏切り者だったからなあ。だからこの町の『顔役』から蹴り落とすことになったのお。」
「おや、『不幸な事故』の結果そこの財産を根こそぎ奪っていったのはどこの誰でしたっけ?」
「忘れたなぁ。そんな昔の話。」
そんなことを言いながらハハハッと笑う奴らを俺は黙って見ていた。…事情は分からないが、こいつらがろくでなしだということは伝わってきた。もしかしてこいつらこの件に絡んでいるのか…?限りなく黒に近い灰ってところか。だが、まだこいつらは何か隠していそうだ。
「だが、今回のことはありがたい話だったなあ。」
「魔法士機関の副支部長があんなことをするとは思わなかったがな。」
「ええ。まさかわざとモンスター除けの結界を壊してモンスターを引き入れ、そして町中ではモンスターがどのくらいの力を持っているかの実験をしたいだなんてねぇ。」
「まあいいではないか。確かに予定より少しばかり早くモンスターが到着したせいで、町では少しの怪我人が出たらしい。とはいえ我々は皆無事だし、この町中にある『魔核』は譲ってもらえるし、さらに魔法士機関から復興費用まで出してくれるのだからね。文句は言わないさ。」
「ええ。向こうも支部長を追い出せるし、これからも我々と良い関係を築きたいなんて言ってくれたし、万々歳ね。」
「壊された町以上の価値の金が手に入るならなんてことはない。」
…うわー。限りなく黒に近い黒って言うか真っ黒じゃないか!!だいたいこいつらのせいじゃないか!迷惑な話だな!町はお前らの私物じゃねえぞ!
「そういえばさっきの奴はどうする?」
「ああ、セティアと共にいたふざけた男か。」
あ、俺の話になったみたいだ。
「まだこの近くにいるのかねぇ。」
「そういえば奴に依頼料、払うのか?」
「まさか!あんな優男に何ができる?この事態を収拾したのは大方冒険者ギルドに所属した冒険者のはずだ。凄腕の冒険者が近くにいるという話だったしな。」
「そうだな。法外な金をあんな奴に払う必要はあるまい。冒険者ギルドにだけそれなりの金を払えばいいだろう。」
「ならば奴はどうする?」
「知らぬ存ぜぬでいいだろう。何か言ってくるのならば詐欺師として捕まえてしまえばいい。」
「まあ、グッドアイディアね!今までも上手くいったし、女神の加護がある限りきっと大丈夫よ!」
な ん て 奴 ら だ !
これはひどい。俺に対して金を払わないってところなら百歩譲って理解せんでもないが、詐欺師にしようとするとは…。あの女神はこんな奴らに加護なんか与えてんのか!思わず最初の召喚時にぶん殴っておけば良かった!と物騒なことを思っているうちに、奴らはあらかた拾いものを終えたようだ。そのまま他の場所に移動するようだ。俺も物陰に隠れながら奴らを追って移動する、はずだった。
「雷よ!天より光の矢となり降り注げ!」
声が聞こえるや否や思わず『瞬間移動』で視界に入った建物の傍まで移動する。もはや条件反射である。よくやった、俺。などと自画自賛している場合ではなさそうだ。
移動した瞬間、俺がさっきまでいたところは雷だと思われる光が降り注ぎ、その後は焦げまくった地面だけが残された。あれが直撃していたと思うとぞっとする。
「おや、転移魔法ですか?中々やりますねぇ。」
さっきまで俺が隠れていた物陰の近くの建物の屋根から、男が一人悠々と浮遊しながら降りてきた。男は黒い魔法使いの着ていそうなローブに身を包んでいる。神経質そうな顔、なんかわかめみたいな長髪。見事に悪役っぽいその男は、蛇のような目で俺を睨みつけながら笑っていた。
そう、俺は失念していた。権力者どもの会話にはもう一人協力者が―副支部長なる人間がいたということを。