当たってもいいが砕けるな
(なんだ…?)
突然俺は何か視線のようなものを感じた。何となく嫌な予感がして『透視』を使い、周囲を見渡す。
(…あ、これは不味いかもしれない。)
俺の視界に入ったものはモンスターらしきものの群れで、大小の関係無く俺たちのいる方に向かってきている。放置すると少しシャレにならない事態になりそうだ。
「セティア。」
「何!?」
俺の呼びかけに答えてセティアが勢いよく振り向いた。漆黒のショートボブが彼女の動きに合わせて揺れていた。顔も若干赤い。どうやら動揺しているらしい。…まあ、先ほどの立ち回りを他人に見られていたかと思うとそりゃあ恥ずかしくもなるよな。冷静になった後、「何やってたんだ自分!」ってなるやつだ。
俺はそんな心情を察して先ほどの話には触れず、事実のみを伝える。
「モンスターの群れがこっちに向かってやって来てるみたいなんだが、俺は何をしたらいい?」
「…は?」
セティアは随分と間の抜けた顔で俺を見ていた。
「どうしたんだ?」
「え、いや、は、…はぁ!?」
「落ち着け。」
「いや、なんでそんなに冷静なの!?馬鹿なの!?死にたいの!?モンスターが来てるって、やばいじゃない!!」
随分な言われようである。俺の純然たる善意からの報告だったのだが、聞いたセティアはどうやらパニックになっているらしい。正直な話あの程度なら大したことなさそうだし、俺が本気出さなくても倒せそうだ。モンスターにビビる理由がわからない。
よく聞き耳を立てると外に居た連中もパニックになっているようで、てんやわんやしているような音が聞こえる。具体的に言うと、『ドスンッ!』『バタバタ!』『ギャアァァアァァアァァー!!』などだ。…誰かの出している甲高い悲鳴の方が俺にはよっぽど恐ろしいのだが。
「ちなみにこのスピードならあと三分くらいでこっちに着くぞ。…三分って分かるか?」
「知ってるわよ三分くらい!ってあんまり時間がないじゃない!」
どうやら時間の感覚は俺たちの世界とほぼ同じらしい。少しほっとする。
「モンスターは人間のみを襲うという話だったから、たぶん鼻が利くやつが外の奴らのにおいを追ってきたんじゃないかな。」
「…本当に、なんでそんなに冷静なの?」
俺の考えを伝えるとセティアは疲れたように俺を見てきた。解せぬ。
「取り敢えず応戦準備を進めるわ。バリケードを作って…。」
「ちょっと待てセティア。」
「何?」
どうやら冷静さを取り戻したらしい彼女に俺は待ったをかけた。
「この家の耐久力ではどうあがいてもモンスターの群れには勝てないぞ。」
「…だったらどうするつもりなの?」
俺がそういうとセティアは怪訝そうな顔で俺を睨む。それを華麗にスルーして俺は言う。
「迎え撃とうぜ!!」
飛び蹴りを喰らった。解せぬ。
「どーしようもないバカか!何考えているの!?」
「いてて…。いい蹴り持ってんなセティア。」
「人の話聞いてる!?」
セティアがカリカリしてるが、正直今はここで話をしている時ではないのであえて無視させてもらう。俺はさっさと内側から鍵を開け外に出た。外に出るとまださっきの奴らがいたから一言言っておく。
「ここにいたらあんたら全員死ぬよ?とっとと逃げた方がいいんじゃない?」
「…誰だ貴様!!」
いきなりひどい言いようである。忠告しているのに。
「通りすがりの一般人、とでも名乗らせてもらう。」
「はぁ!?」
俺は冷静に辺りを見渡す。うーん、もう『透視』を使わなくてもわかる。耳を澄ませば足音が大量に聞こえてくる。
「来たな!!」
《ガアァァアァァアァァー!!》
言うと同時にこの世界に来て最初に見たのと同じモンスターの群れが現れた。が、やることは変わらない。超能力『念動力』を使ってモンスターをまとめて薙ぎ払う。
正直に言おう。俺は年甲斐もなく全力ではしゃいでいる、と。
やっぱりこういうのってテンション上がるよな。やっぱ一対多数ってロマンだからな。うん。
取り敢えず目につくやつらを片っ端から薙ぎ払い、燃やす。時々物理。倒れた魔物は気が付くと色とりどりの宝石っぽいものになっていく。…どういう理屈なのだろうか。
わからないこともあったが、あっという間にモンスターを片付けた。当面の安全は確保できた。
「待ちたまえ!」
家に戻ろうとすると突然声をかけられた。先ほど声をかけた連中がまだ逃げずにいたらしい。
「…何?」
「おお、どなたかは存じませぬが我々を救ってくださったのですね?」
そんなつもりは毛頭ないが、勝手に恩を感じているなら訂正はしない。貸しにできるかもしれないし。
「どうか、我々の町を救ってください!」
「報酬は弾みますから!」
浅ましい。非常に浅ましい。金さえあればどうにか出来ると本気で思っているらしい。本来なら無視してやりたいが、今の俺は一文無しだ。こいつらからはぎ取れるだけはぎ取るか。
「シューヤ!大丈夫!?」
「ああ。見てのとおり。心配ない。」
セティアが心配そうに俺に聞く。俺を心配してくれる人間なんていたのか。…なんとなくうれしい。けれど今は感傷に浸っている場合ではない。
「なあセティア。モンスター退治の相場って分かるか?」
「えっ!なんでまた…。」
「いいから教えてくれ。」
「うーん。…この町の規模なら大体5000マニーってところかしら。」
「ほうほう。」
マニーという単位や日本円にしたらいくらなのかはよくわからないが、取り敢えずは。
「そのでは、相場の50倍で手を打ちましょう。」
「…は?」
「いや、当たり前でしょう?ただの一般人が命かけるんですよ?これでも安いとは思いませんか?」
「し、しかしだな…。」
「ではこのお話はなかったことで。…戻ろう。」
払えないなら仕方がない。別に俺は悪党になりたいわけではないし、また金を稼ぐ方法は考えよう。俺はセティアを促し家に戻ろうと足を進める。セティアも困惑しつつ俺についてくる。
「ま、待て!払う!払うから!助けてくれ!!」
その言葉を聞き、俺は足を止めて奴らを見る。ひざまずいてお祈りのポーズで俺にすがるように見ている。
「じゃあ契約成立ってことで。」
俺はそう言い放つと町に向かって歩き始める。と、その前に。
「セティア、危ないから戸締りはしっかりとしろよ。じゃあな。」
セティアに簡単だが挨拶もした。今度こそ町に向かって歩き出す。
「戸締りするから10秒待って!」
思わず振り向いた。
セティアは素早く戸締りを行い、懐から出した短剣(よく見ると品のいい装飾をされている)と先ほどの剣を腰に佩いて俺の傍に駆けてきた。
「行くわよ!」
「待て待て待て!」
「どうしたの?言われた通り戸締りはしたけど?」
「いや違う!」
「何、忘れ物?」
「じゃなくて!なんで!俺に!ついて!くるんだ!」
セティアはきょとんとした表情を浮かべて俺を見た。そして急に笑顔を浮かべるとこう言った。
「あんなうっとうしい権力者たちといるより、シューヤといた方が楽しそうだったから。…それじゃあ駄目かな?」
その様子から俺は超能力を使わなくても、セティアが『楽しい』と思っていることが伝わってきた。
(…地味な印象だったけどやっぱり笑うと可愛いな、ってそうじゃない!)
俺の中に沸き上がった感情を振り切るように軽く頭を振ってからセティアと向き合う。
「怪我には気をつけろよ。」
「勿論!」
そういうと俺たちはどちらからともなく走り出した。
―目的地は、町だ。