青天の霹靂とは正にこの事
「…どういうことだ!?」
「町に何かあったのよ、たぶん。」
爆発に戸惑う俺と違い、セティアは冷静に窓の外を見ていた。流石に急展開すぎて俺の理解は追いついていかない。
「何かあったって…どういうことだ?」
「さあ?わかんないけど私には関係ないことよ。…しばらくは町に行かない方がいいかも。」
セティアはそう言うとさっさと家の戸締りをし始めた。
「…おい、何しているんだ?」
「見たらわかるでしょう?戸締りよ。…余計なものが入って来ないようにね。」
俺が口を挟む間も無くセティアはさっさと戸締りを終え、おもむろに部屋の隅に置いてあった箱の中から何かを取り出した。
「それは…!」
「剣よ。安物だけど…。」
セティアは片手剣を俺に見えるように掲げた。本当にただ事では無いことが起こっているらしい。俺は『透視』を使って町の方を見た。
(これは…!)
町はファンタジー系のRPGに出て来そうなモンスター達の襲撃にあっており、酷い有り様だった。
建物はことごとく破壊され、あちらこちらから火の手が上がり、町の人々が逃げ惑う。中には戦士と思わる人間が傷つきながらも必死に抵抗しているのがわかる。こういうものを地獄絵図というものだろうか。いや違う、これは『現実』だ。
「…シューヤ、私の予想が正しければ町はモンスターの襲撃にあっていると思うの。」
セティアは言いながら鎧の代わりだと思われる金属の胸当てや皮の籠手や脚絆をつけていた。服は元々動きやすいものだったのでそのままだ。流石にここまですればセティアのやっていることがわかる。…戦闘準備だ。
「いい?モンスターは生きた人間『のみ』襲うの。…念のため身を守る準備だけはしておく必要があるわ。」
セティアはそこで一旦言葉を切ってから俺を見た。
「家の中で息を潜めてモンスターをやり過ごすわ。こんなボロの家でも無いよりはマシね。」
セティアは皮肉気に笑った。俺はモンスターの知識は無いから何とも言えないが、素人目に見てもこの家をモンスターと戦う為の基地にするのは難しいと分かる。どうしたものかと思っていると家の扉を叩く音がした。その音は『トントン』なんて可愛らしいものではなく『ドンドン』…いや寧ろ『バンバン』に近く、扉が壊れるのではないかというぐらいの激しい音であった。俺たちは思わず扉の方をガン見して警戒体制に入る。
「…モンスターか?」
「わからない。」
俺の疑問にセティアは冷静に答えた後、そっと扉の方に近づいた。瞬間、
「セティア!!居るのだろう!モンスターを討伐するんだ!」
「貴女は今どういう状況かわかっているの!?こんなところでのんきにしている場合じゃないのよ!」
「セティア、誰のおかげでここに住めていると思っているのだ!」
「セティア!返事をしろ!」
…知らない人間(暫定)の声がした。
どうやら誰かが外にいるらしい。一体なんだというのだろう。
「…セティア。扉の外にいるやつ、何?」
「ただの厚かましい連中よ。無視して構わないわ。」
セティアの目はごみを見るかのようにはっきりと蔑み・軽蔑といった感情が浮かんでいる。どうやらセティアにとって、外にいる奴らというのは関わり合いになりたくない存在らしい。ふいっと扉から視線をそらし、その場から離れて椅子に座る。
外の奴らはしきりと「返事をしろ!」と叫んでいる。正直俺にとって脅威になるとは思わないが、念のために『透視』を使い外にいる奴らの様子をを観察する。
扉の外にはおっさんやおばさんといえる歳の大人たちが八人ほどいた。外にいる奴らはどいつもこいつも派手な服を着て、ジャラジャラと趣味の悪い成金が好みそうな金ぴかのアクセサリーを全身につけている。そうこうしているうちに奴らは懇願するような声に変わっていく。
「お願いだセティア!この町を守ってくれ!」
「そうよ!ここはあなたの故郷でもあるのよ!?」
「貴女のお父さんやお母さんだってこの町を守ってほしいと思っているはずよ!」
「頼むよ!セティア!」
(本当に厚かましいな、こいつら。)
自分たちで戦おうともせず誰かに助けを求めた挙句、この手の奴らはきっとすべての責任を助けてくれた奴らに押し付ける。たぶんそういう人種だ。そりゃセティアだって嫌になるだろう。彼女の反応は実にまっとうだ。
「お前は『魔法』の使えない『無能者』なんだから、我々の為に戦うのは当然だろう!!」
この一言でセティアはついに立ち上がった。
このセリフを言った奴としてはセティアが何も言わないことに対して随分と焦っていたようで何の他意もなかったのかもしれない。しかしその態度も相まってセティアの逆鱗を逆なでしたようだ。
「そうですね。確かに私は『無能者』です。」
―ぞわっとした。
これは寒気というやつだ。セティアの言葉には何の感情も込められていない。だというのに恐ろしい。別に俺に向けられた言葉ではないのに俺の方がビビッてしてしまう。外にいた奴らもセティアのただならない変化を感じ取ったようで、あんなにやかましかった奴らが突如静まり返った。
「私は『無能者』です。貴方たちと違い、『魔法』もろくに使えません。散々あなたたちのような権力者にこき使われ、利用され、挙句の果てにこんなボロ家に押し込められた。」
「…なっ何を、」
「では、女神の加護を受けた―有能な皆様はこんなところで何をしているのですか?『無能者』の私なんかの助けを求める前に自分たちで何とかしてみたらどうですか?」
「…セティア、お前の言いたいこともわかる。しかし今はこんなところで問答をしている暇はない。こうしている間にも町は破壊され大変なことになっているんだ。…さあ、町の為にモンスターと戦いなさい。」
その言葉に対してセティアは感情の乗らない声でこう言った。
「お断りします。」
「何だと!?」
扉越しにセティアは外にいる奴ら…権力者と呼んだ奴らと会話を続ける。
「私があなたたちのために命を張って戦って、何かメリットがありますか?」
「なっ!!なんてことを言うんだ!」
「言いますよ。当たり前でしょう?私だって自分の身が可愛いんです。危ないところには行きたくありません。」
「いうことを聞かぬというのならばこの町には居られなくなるぞ!」
「町が残っていればの話ですね。」
「ぐっ…!」
セティアは淡々と言い続ける。権力者たちはろくに言い返すことが出来ないようだ。
「あなたたちには感謝していますよ。おかげで私は『処世術』を学ぶことが出来ました。力を持つ者には逆らわず、長い物には巻かれよ。弱きものは虐げて持っているものを奪い、自分の利益にならないことはしない。ぜーんぶ、あなたたちにいいように利用された日々から学んできたことです。」
わざとらしく芝居がかった口調でセティアは権力者たちに言葉を紡ぐ。その顔には悠然とした微笑みが浮かんでいる。
「大体、あなたたちの言葉には町の人たちに対する思いやりが入っていません。この町がこの町がとそればかり。結局あなたたちはこの町で使える、今ある権力を失いたくないだけでしょう?」
「それは…!」
「言い返せないでしょう?私はあなたたちが今までやってきたことをしているだけです。…こういうの、なんていうんでしたっけ?…そうそう!」
そう言うとセティアは今思い出したとばかりに両手を軽く打ち合わせ、楽しそうに微笑んでこう続けた。
「―『自業自得』ってやつですね!」
俺は自分の超能力を使わなくても、外にいる権力者たちの顔に『絶望』の文字がありありと浮かんだのがわかったような気がした。