郷に従えとは言われても中々難しい
セティア・ヴィーノと名乗った少女に連れられ、俺は彼女の家に招かれた。のは良かったのだが、
「…何だこりゃ。」
町はずれにある家と呼ぶのもおこがましい小屋。隙間風は吹くわ床はギシギシなるわと中々ひどいありさまだった。ここにセティアは一人で住んでいるという。
「ごめんなさい。もっと綺麗な家だったらよかったんでしょうけど。」
「いや、泊めてもらうのはこっちだ。そんな罰当たりなことは言わないさ。」
『接触感応』でこの家を調べた結果、ボロボロだが造りはしっかりしているし、隙間風は吹くが雨は問題なくしのげそうだ。見知らぬ土地の夜の町で野宿するより何倍もましだ。そう考えているとセティアから視線を感じた。
「…何か言いたいことでもあるのか?」
「えっ!あっ、じろじろ見ていてごめんなさい。」
「いや、別にいいけど…。」
「そこに座ってください。」
「…どうも。」
セティアの視線の意味が気になったが、取りあえず勧められた椅子に俺は腰かけた。机を挟んで反対側の椅子にセティアは座った。
…沈黙が痛い。
お互いに無言で視線を合わさない。傍から見たら「何してんだ」状態であるが、当人たちは至って真面目に相手の出方を窺っているのだ。非常にいたたまれない気分になる。
マナー違反だが『精神感応』を使って相手の心を読むべきか…。俺がそんな不穏なことを考えていたらおもむろにセティアが口を開いた。
「えっと、あなたのことはなんと御呼びすればいいですか?」
「へっ?…普通に終夜でいいよ。」
「シューヤさんですね。私のことはセティアと御呼びください。」
「ああ。」
それだけ会話をすると再び俺たちの間に沈黙が落ちる。ただ、先ほどとは違い俺はセティアの様子を見ているし、セティアはどうやって俺に会話を切り出そうかと悩んでいる。…セティアの心境については、別に心を読んだわけでもダイスの女神にお伺いを立てたわけでもない。なんとなくだ。しかし待っているだけでは埒があかない。TRPGでもこちらから動かなければゲームは進まない。俺の方から思い切って声をかけてみる。
「…セティア。」
「っ、はい!」
はじかれたようにセティアが俺の方を向く。…いちいち反応がオーバーだなあ。
「言いたいことがあるならはっきり言え。そうでないならこちらから話をする。」
「…そちらからどうぞ。」
おぉう、もしかして萎縮させたか?まあ兎に角、彼女の緊張を解かせないといけないな。こっちは早く話を進めたい。
「取りあえず自己紹介をしよう。俺は水無瀬終夜。十六歳。色々あって今は一文無しでふらふらしている。…次はそっちの自己紹介を頼む。」
「はい。私の名前はセティア・ヴィーノ。十四歳で、日雇いの仕事をしながら暮らしています。…無能者です。」
「…?」
『無能者』という聞き覚えのない言葉に首をかしげると、セティアは驚いたように俺を見た。
「…馬鹿にしないんですか?埃以下のごみとか社会のクズとか。」
「はあ!?何が悲しくて初めて話す人間を出会い頭に貶さないといけないんだ!阿呆か!」
「…!」
セティアが唖然としている中、俺はこの世界のことを全く知らないことに気が付いた。冷静に考えると、異世界は外国以上に文化が違うのは当然のはずだ。もしかして俺はまずいことを言ってしまったのではないかと焦る。しかし正面上は平静を保っていた。慌てても仕方がないからだ。
「…変わった方ですね。無能者に対して差別意識を持たないなんて。」
「えっと…?あの、失礼かもしれないんだが、『無能者』ってなんだ?」
「ご存じないんですか!?…嘘ぉ、常識知らずにも程がある。」
おい、後半小声にしたみたいだがばばっちり聞こえてんぞ。素が出てなかったか、こいつ。
「『無能者』というのは、体内に魔力を生成する器官『エーテル』を持たない人のことを指します。こんなこと説明する必要もないかもしれませんが、この世界で魔法が使えないということは普通には生きていけないということなんです。」
「なんでだ?」
「…あなた一体どんな田舎から来たんですか?あんなに凄い魔法が使えるのだから、てっきり王立魔法学校の出身者だと思ったのに。」
「…。」
どうやら彼女は俺をいまだに魔法使いだと思っていたらしい。何度も言うが俺は魔法なんてファンタジーな力は使えん。ただの超能力者だ。しかもなんだ、魔法学校って。そんなものあるんかい。
「あなたのいた田舎町ではどうか知らないけれど、ある程度の規模の町になると日常生活は魔法器具によって支えられているの。魔力が無ければ日常生活もままならない。…だからこんなところに私は住んでいるわけ。」
「へぇ。」
セティアはもう本性を隠す気はないらしい。俺に対する口調もだいぶ砕けたものになっていることからもわかる。たぶんこの気が強くて、歯にものを着せない言い方をする今が彼女の素なのだろう。
というか、この世界では魔法が使える方が普通なのか。俺のいた地球では、特殊な力なんてない方が普通なのに。異世界、半端ない。
「…なんで笑ってるの、シューヤ?」
「…俺笑ってるか?」
「ええ。」
表情をセティアに指摘され驚いた。自慢ではないが、俺の表情筋はあまり仕事をしない。だからかなり不愛想だ。無表情が基本な俺は自分が笑っていることに気付いていなかった。
「いや、たぶん俺とあんたの見事なすれ違いっぷりが面白かったんだ。だから俺は笑ったんだ。」
「…変な奴ね。ていうか、名前。私はあんたじゃないわ。そういうの、好きじゃないから。さっきセティアでいいって言ったでしょう?」
「そりゃ悪かった。」
セティアは若干へそを曲げているようだが、本気で怒っているようではなさそうだ。さらに彼女は口を開く。
「あーあ。てっきり訳ありの魔法士に恩を売れるチャンスだと思ったんだけどな。…まあ安心して。別にここから追い出したりしないから。」
「そりゃどうも。…『魔法士』ってなんだ?」
「国で認められた魔法を研究・使用することを専門とする上級職のこと。王国の試験にパスしたほんの一握りしかいないエリートなの。…シューヤもその気になればいけるかもよ?」
「いや、無理だ。」
即答した。何度も言うが、俺はただの超能力者だ
「…訳ありみたいね。いいわ、事情の詮索はしないであげる。」
そういうと先ほどまでの弱弱しい演技をやめた彼女は年相応の無邪気な笑顔を浮かべた。
「ただし、しっかり働いてもらうからね!」
「りょーかい。…ねこかぶりやめたんだな?」
「あれは処世術だから。シューヤには必要なさそうだし。私、意味のないことはしない主義なの。」
そういうとセティアは椅子から立ち上がり、俺に向かって言った。
「取りあえず、夕飯にしましょう。薪を運んでくれるかしら?」
セティアの目線の先に窓があり、その外に薪が積んであるのが見える。俺は取りあえず『瞬間移動』で薪をかまどらしきものの中に移動させた。外に出て少しずつ運ぶよりこっちの方が早いからだ。決して楽をしようと考えたわけではない。…腹が減ってあまり動きたくないのも事実だ。
「…本当にシューヤの魔法ってどんな原理なのかしら?」
目を丸くしてセティアは、俺の超能力によって移動された薪をまじまじと見ていた。
―だから魔法じゃなくて、ただの超能力だよ。