事情
「トゥロゥ」
続き部屋からでてきた閣下が静かに私を呼ぶ。
それきり沈黙し、お互い同じ少女を、泣きながら眠ってしまった少女のことを思っているとは思うのに言葉がでない。
町の様子を尋ねたり、食べ物のことなど朗らかに尋ね、物怖じせず、飲み込みも早い少女だが。
自分のこととなると、先ほどのように急に感情が高ぶってしまう、よほど辛いことがあったのだろうか。
「トゥロゥ」
「茶の代わりを頼んできます」
部屋に戻ると、閣下の姿が見えない。続き部屋にいるのだろう、私も少女の近くに行きたいが、先日「娘の寝室に入りたいといったのか」と低く問われたことを思い出し、控える。
下半身的な気持ちではなく、小さな柔らかい生物に対する愛情なのだと言っても鼻であしらわれ、これ以上いうと折角得た教育係の任を解かれそうなので言えない。
「大人とはどういう意味だ?」
戻ってきた閣下は、先ほど少女が泣き出すきっかけになった言葉を口にする。
私たちは寿命が長く、子供もあまり生まれない。
大人になってからの時間がながく、なきじゃくる子供の意味することがよく解らないのだ。
「彼女は、余りにも物を知りません。
しかし、教育は受けていたと思われます。つまり、なにか、隔離された環境で育ったかと思われます。大人であるというのは、そこでの基準なのではないでしょうか」
後は、身体的な、、と考えて顔に熱が上がる。
「何を考えた」
見逃してはくれない口調で問われ、身体的なと答える。
「他に、身体的な大人であるという意味も考えられます。
つまり、、
一つは、初潮を迎えた
もう一つは、処女でなくなった、ということでないかと」
殺気を感じながら続けるよう目で促される。
あのような幼気な少女に、それはあんまりにもむごいことだ。
「つまり、後宮へいれられ、手がつきそうになり、処女でないので逃げだした、、」
少女に起こったであろう、辛すぎる現実に怒りが沸く。
後宮で働く全ての女性が、寵愛を受けるわけではなく、一般に幸運とされるその行為も、処女でなければ悲運である。
上手く何もないまま過ごせるのが殆どだが。
「医師を呼びますか」
途轍もなく渋い顔をして、しかし、閣下は頷いた。
傷を抉るようなことはしたくないが、病気妊娠など、医師に相談することで憂いがなくなる可能性がある。
宰相に、城で評判の良い女医を頼む。
理由は少女の体調不良と情緒の乱れだ。
腹黒のやつは過保護だと鼻で笑いながらも、手配はするという。
するならするで、余計なことを言わず、素直にすればいいのに、腹の立つ。