Ⅲ誌
「疲れるぅぅぅう」
野園樹向は、自室の豪奢なベッドに身を沈めぐいっと伸びをした。最近彼女の周りにいるのはかつて女王様という二つ名を持っていた春間麗香、彼女相手にはお嬢様口調を徹底しているため無駄に疲れる。普段、大抵一人のためか、お嬢様口調はめったに使わなかったことが今困っている。クラスメイトとは気軽に話すがやはり上級生であり、典型的なお嬢様口調の彼女にはやはりつられてお嬢様口調がでてしまう。疲れるのだが。
ふかふかのベッドで座りなおし ペラペラとノートを捲る。「ルートは、確定しているのかな」ぽつり、呟いたがそれに答えるものはいない。
コンコン、戸をノックする音に即座に反応して飛び起きた樹向は「はい」と返事をする。壮年の燕尾服を身に纏った男性。「お嬢様、お手紙でございます」そ、と差し出したその封筒に視線を向けた樹向はそこにおいてて、という。
部屋から退室してゆく、執事を見送って樹向は封筒をみた。
「一体、どちら様なのかなぁ…」
何日かに一通は送られてくるこの手紙。誰が出しているのかと言えば、彼女…樹向の婚約者だ。幼い頃に結ばれた婚約だが彼女は相手が誰なのか知らぬままに今も婚約中である。両親に聞いてみたが、内緒と言われ仕方なく諦めたというか興味はそんなにないからかあきらめがついたと言える。
「………ふあ、あとで読もう…」
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目の前では、一組の男女がドキドキイベント中である。目の前といえども、かなり遠い所から樹向は盗み見ていた。
「今日は、俺様不良様の意外な一面を垣間見るイベントか」と、ノートに書き記す。ふむふむ、一人考え込みつつペンをはしらせる。
「何してらっしゃいますの?樹向さんっ!」と、背後からの襲撃で飛び退いた樹向はその正体をみて、ほぅっと息を吐く。「麗香さんでしたか、驚きましたわ」「おほほほほ、樹向さんが見えましたのすぐさま駆けつけましたのよ?」
樹向は、知った。彼女は実は懐くと甘えん坊になるのだと。
「構ってくださいなっ」
そうして今日もイベントが途中からみれなくなってしまった。あぁ、残念。麗香が用事を思い出し、しぶしぶ樹向から離れて行ったときすでにヒロインは居なくなっていたことに肩を落とす。「あんた、」声がして、視線をそちらに向ければ目を見開いた男が一人。美しすぎる男、俺様不良様がそこに立っていた。
「………なんでしょう?」
「…いや、なんでもない」
去ってゆく、彼女の背を見つつ彼はぽつり、呟いた。
「不思議な女…」
目が合う、その瞬間吸い込まれるように見入った。一見、地味に見えるがよく見ると整った容姿。なによりも、雰囲気が人とは違うようなそんな感覚が彼は受けた。
「ダメだよ、惚れちゃ」
途端に背後から言葉をかけられ、振り返る。
「あんたっ…」
「ダメだからね」
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