第九十一話 小さな同行者
ガイウスがなんとか食事を済ませ、そろそろ出発をしようと腰を上げた途端、カルラが山中の鬱蒼とした茂みを睨みつけた。
「おや?まだ仲間がいるようだね」
カルラの言葉にガイウスも振り返り、よく目を凝らして茂みを見た。
「あ~本当だ。でも、子供じゃないですか?」
ガイウスが言うとおり、茂みに隠れた幼い子供が、その小さくつぶらな瞳で彼らを覗き見ていた。
「お前さんだって子供だろうに、なにを大人ぶって言ってんだい。というより、やはりお前さん――」
そこで慌ててガイウスが、カルラの言葉を打ち消すようにしゃべりだした。
「そうですよね!いやー、なんていうか大人びたい年頃っていうんですかねー。ついつい大人ぶってしまいました!すみません」
カルラは、そんなガイウスの顔をじろりとねめつけるように睨みつけた。
「ふん!まあいいさ。ところで、坊や?それともお嬢ちゃんか?そんなところに隠れていないで出ておいで」
カルラが茂みに隠れる幼子に向かって、珍しくも優しげな言葉をかけた。
ガイウスは自らの素性を勘付かれているのではという思いと、カルラの優しげな言葉のどちらにもいいようのない不気味さを感じた。
だがカルラは子供の方に興味をそそられたためか、それ以上ガイウスについて追求しようとはしなかった。
「ほら、怖くないから出ておいでったら」
そしてガイウスも、カルラの顔をそっと窺いながら、これ幸いと子供を呼び寄せようとした。
「そうだよー、怖くないよー、出ておいでー」
するとガサガサッと草むらを掻き分け、ようやく子供がその姿を現した。
「ふん、どうやらお前さんよりも年少かね?」
子供は、カルラの言葉通り、ガイウスより一つ二つ幼く見えた。
「やっぱり怯えていますね。師匠、もう少し下がってもらえますか?」
「どういう意味だい!」
カルラの怒号に子供はびくっとしたかと思うと、脱兎のごとく駆け出し、再び草むらの陰へと隠れてしまった。
「こういう意味です」
カルラは大きな鷲鼻にビキビキと血管を幾筋も浮き立たせるも、何も言わずにただ静かに後ろに下がった。
「さあ、怖いお婆ちゃんはいなくなったよー。だから安心して出ておいでー」
ガイウスの言葉にカルラの後姿がブルッとわななき、大いなる怒りを表現したものの、子供は再び草むらの陰から姿を現した。
「おいでー大丈夫だよーお兄ちゃんのところへおいでー」
子供は周りをきょろきょろと見回、怯えた表情ながらも、ガイウスの元へとゆっくり少しずつ近づいていった。
そこでようやくガイウスには、この子供が男の子であることが判った。
「坊やー、怖くないよーほーら、もうすぐだよー、がんばってここまでおいでー」
そしてついに、男の子はガイウスの手の届くところまで来た。
「はい、怖かったねー、でももう大丈夫だからねー」
ガイウスは、優しく男の子を両手で包み込むようにそっと抱きしめた。
男の子は安心したのか、途端に泣き出し始めた。
ガイウスは男の子が泣き止むまで、優しく声をかけつつ、そっと抱きしめ続けた。
しばらくたって、ようやく泣き止むと、ガイウスは男の子に名前を尋ねた。
「君、名前は?」
「アベル」
「アベルか。いい名前だね。今いくつ?」
「五歳」
「五歳か。ぼくとあまり変わらないね」
「いくつなの?」
「ぼくは六歳だよ。あと言い忘れたけど、ぼくの名はガイウス。で、あそこの黒服のおじさんが、ロデムル。そしてあの怖いお婆さんが、カルラだよ」
再びカルラの後姿がブルッとわなないたが、ガイウスはまったく見ていなかった。
「ところで君、こんなところで何をしていたの?」
「去年、さらわれて、雑用をやらされてた」
「この山賊どもに?」
「うん」
「そうか。家はこの近く?」
「ううん。遠い、バースだから」
それまで沈黙を守っていたロデムルが、口を開いた。
「バースですか、ならばテーベの先ですな」
「そうか!よし!あのね、僕たちはこれからテーベへ行くんだけど、そこで用事を済ませたら君の家まで送っていくよ。いいですよね、師匠?」
ガイウスは振り返って、カルラに尋ねた。
「ふん、仕方ないね。こんなところに放っておくわけにはいかないからね。ただし、二度とあたしを怖いとか婆さんとか言うんじゃないよ。いいね?」
「はーい」
ガイウスは若干おどけ気味にカルラに返事をすると、アベルに再び向き直って言った。
「そういうわけだから、一緒に行こう」
アベルは満面に笑みを浮かべて、大きくうなづいた。




