第八百九十六話 準備
するとバルトがこのアジオの台詞に食いついた。
「準備だと?奥の手を出すのに準備する時間が必要なのか?だとしたらお前の奥の手とやらはあまり汎用性の高いものではなさそうだな?」
バルトが少し小馬鹿にしたように言った。
そのためアジオはこれまでで最も口を尖らせて抗議の声を上げた。
「そんなことはないさ。実際問題としては汎用性は高いよ。ただ準備に時間がかかるだけでね。それに……ようやくその準備も整ったところさ」
アジオはそう言ってにやりと再び口角を上げた。
そして首をくるっと一回りさせてコキコキと音を鳴らしつつ、軽く一つ息を吐いた。
「さて、それでは準備も整ったところで……いくとしますかね」
アジオがかなり陽気な調子で言った。
するとバルトがいぶかしそうに横のアジオを見た。
そして、その陽気の意味を一目で悟ったのだった。
「……むう、お前も魔導師であったか……」
バルトの視線の先には、シェスター同様に青く染め上げられた両腕があった。
しかしアジオは軽く肩をすくめて、バルトの指摘に反論した。
「残念ながら僕は魔導師ではないよ。その下の魔法士さ。だからこんなに準備に手間取ったってわけさ」
「そうか……それで威力の程はいかほどなのだ?」
「まあ当然シェスターさんの様にはいかないね」
「威力が低いということだな?」
「まあね。それに数だって限られてくるさ。だからシェスターさんみたいに滅多矢鱈に打ちまくるなんて芸当は無理」
「では、ここぞという時に打つというわけだな?」
「そういうこと。なのでこちらの速度が落ちたり、魔獣たちの速度が上がってきたら……バーン!……とね」
アジオは後ろを振り返り、しつこく後を追ってくる魔獣たちに向かって大声を出して威嚇した。
だが魔獣たちがそんなことに怯む訳もなく、何の反応も見せずにひたすら追尾し続ける様を見て、アジオは苦笑を漏らしながら正面に向き直った。
するとそんなアジオをじーっと見つめるバルトが重々しい声で言った。
「わかった。その時は頼りにさせてもらおう」
するとアジオがかなり陽気に反応した。
「おっ!素直になったね?結構結構。そういうことならどうぞ頼りにして下さい。出来る限りがんばりますよ。ただし、それまでは貴方もきっちりと、この樹上から降って来るうざったい猿どもをバッタバッタと切り伏せて下さいよ?」
窮地にありながらも陽気に笑うアジオに、さすがのバルトの頬も緩んだ。
死地に於いて互いを必要とする者同士の絆がそこにはあった。
二人は今、確かな友誼を結んだのであった。




