第八百九十五話 奥の手
「奥の手?本当にそんなものがあるのというのか?」
バルトが、絶え間なく襲いかかってくる猿の如き魔獣たちを、滅多矢鱈に切り刻みながら問うた。
するとアジオが口元に笑みを湛えながら応じた。
「まあね。本当はまだ出す気はなかったんだけど……まあこうなったらしょうがないね……」
「ふん……それは本当に奥の手と言えるような代物なのか?」
バルトが疑い深い眼差しをアジオへ送った。
するとアジオが鼻息を一つ鳴らして抗議の声を上げた。
「決まっているでしょ?僕が奥の手っていうくらいなんだから、正真正銘の奥の手ですよ」
すると今度はバルトが鼻息を一つ荒々しく鳴らした。
「さてどうだかな。お前のことだ。何やらつまらない手でも思いついたとかではないのか?」
するとアジオは魔獣たちを的確に一頭、また一頭と急所を正確に切りつけながら口を尖らせた。
「そんなことじゃありませんよ。とはいってもそう目新しいものってわけでもありませんがね」
「ならばとっととその奥の手とやらを出すがよかろう。一体いつまでお前は勿体つけるつもりなのだ?」
するとアジオが先程よりもさらに口の先を尖らせた。
「……そういう言い方されると、出したくなくなってしまいますよ。もう少し素直に……」
アジオは話の途中で肩をいからせ、バルトの真似と思われる口調となった。
「……ほう、それは面白そうだ。是非見せてくれ……とでも言ってくれたら、こちらも素直になって奥の手を見せてあげようと思いますが、その言い方じゃあねえ……」
アジオはまだ余裕があるのか、さらに勿体つけた。
するとバルトが少々呆れ顔となった。
「何を言っているのだお前は?わたしが何を言おうと言うまいと、お前が奥の手とやらを出したければ出せばよかろう。出したくなければ出さなくてもよい。そのことにわたしは何ら関与する気はない」
「冷たいねえ~せっかく僕が奥の手を出すって言っているんだから、少しくらい気分を乗せてくれてもいいじゃないか……せっかくの奥の手なんだし、どうせなら派手にお披露目したいじゃないか……」
「お前の言っていることはわたしにはまったく理解出来ぬ。派手でも地味でもどうでもよかろう。勝手にせい」
するとアジオが大きな溜息を一つ吐いた。
「つれないねえ~それなりに付き合いがあるっていうのに、この態度。つくづく僕は仲間に恵まれない男だねえ~」
だがバルトは、このアジオの愚痴を完全に無視した。
「まったく……もう少しくらい相手をしてくれよ。奥の手出すには準備がいるんだからさ……」
アジオはまたも口を尖らせつつも、器用に口角を上げてニヤリと笑ったのだった。




