第八百五十六話 入れ墨の理由
「……さあ、こればっかりは判りませんね。なにせフラン元大司教は死んでますし、後事を託した側近も行方不明ですからね……」
アジオはそう言っていつものように肩をすくめた。
シェスターはため息交じりに改めてアジオに問うた。
「フラン元大司教が子供たちの背中に入れ墨を入れさせたのは、大分前のことになるのだろうか?」
「え?そうなんじゃないですか?コメットが子供の頃らしいですし……そうだよね?」
アジオは思わず振り返ってコメットに問おうとした。
「おっと!こんなことコメットが知っているはずが無いか。どうなんだい?バルト。いつ頃のことなのかな?」
改めてアジオは、事情を知っていそうなバルトへ問うた。
するとバルトは厳かな雰囲気を醸し出しながら、低い声で答えたのだった。
「幼少のみぎりだ。フラン元大司教に呼ばれて自邸に赴き、その際に……だ」
「ふ~ん。つまりは二十年くらいは前ってことだね?」
「うむ。そのくらいだったろう」
するとシェスターが新たな疑問を提示した。
「たしか……長兄のメルバは五十過ぎでは無かったか?ならば仮に二十五年前だったとしてら二十五歳くらいのいい大人だ。コメットや、その一つ年上のエルバ嬢は幼いからなんとか言い含めれば入れ墨を入れられるかもしれないが、大人のメルバにどうやって入れ墨を入れたのだろうか?」
するとアジオが眉根を寄せて考え込んだ。
「……う~ん。たしかに……メルバはフラン元大司教に生まれてすぐに捨てられていますからね……何らかの甘い誘いでもって呼び出して……そうだコメット!君、幼き頃にフラン元大司教の自邸に行った記憶あるかい?」
突然振られたコメットは、ぶんぶんと音が鳴るかと思うほどに大きく首を横に振った。
「ないよ。ない、ない。まったく記憶なんて無いよ」
するとアジオが腕組みをし、首を小刻みに縦に振りながら言った。
「こりゃあたぶん麻酔ですね。何らかの方法でもって麻酔を使って眠らせて、その上で背中に掘ったってことでしょうね」
するとシェスターがうなずいた。
「それなら確かに可能か……」
「ええ、自分の後継者にしてやるぞとか言って呼び出して、飲み物に薬を入れて眠らせるとかでしょう、きっと」
「……ふむ。しかし何故その様な面倒な事をしてまで入れ墨を……」
シェスターのささやくような呟きにアジオが聞き返した。
「え?だから隠し財宝の在処をですね……」
するとすぐさまシェスターが反駁した。
「ああ、それは判っている。わたしが言いたいのはそういうことではなく、そこまで面倒な真似をする必要性があったのかということなのだ」
「……はあ。まあ確かに捜し出すのも面倒ですしね……」
「そう!そうなんだ。だがそれは我々だけでは無い。生前のフラン元大司教だってそうだ。いざ財宝が必要になった時、子供たちを集めようったって集まるかどうか判らないじゃ無いか。なにせ別々のところに住んでいる訳だし、そもそも普段の交流も無い。となればいざって時に緊急に掘り出すことが出来ないじゃないか」
シェスターはこの大いなる疑問にぶつかり、深く考え込むのであった。




