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第八百四十九話 背中の入れ墨

「……むう……」


 バルトはシェスターの気迫に押され、言葉を失った。


 シェスターはここぞとばかりに畳みかけた。


「バルト、それしかないのだ。当主が不在のシュナイダー家ではコメットを守れる保証がないのだ」


「……たしかにそれはわたしも重々承知のことではありますが……」


「そうであろう。バルトよ、とにかくコメットのことを第一に考えるのだ。さすれば答えは自ずと出るのではないか?」


 するとバルトの背中に隠れるような形になっていたコメットが、突然一歩前へ出た。


「ねえバルト、シェスターさんの言うとおりにしようよ。シェスターさんなら僕らに悪いようにはしないと思うし……」


「コメット様……」


 バルトは低くそう呟くと、恭しく頭を垂れた。


「かしこまりました。コメット様がそのように仰るのでございましたら、このバルト、もはや反対は致しません」


「うん。ごめんねバルト。いつも僕のために……」


「何を仰いますか……わたくしは何事があろうとコメット様と共に参ります。それがたとえ地獄であろうともでございます……」


 シェスターはバルトの台詞に思わず苦笑を漏らしそうになったものの、なんとかこらえた。


「よし。どうやら話しはついたな。では背中の入れ墨を……いや、そうか通常の状態では見えないのだったな?」


 シェスターの問いにアジオが答えた。


「ええ、身体が上気している時でないと入れ墨は浮き上がりません。なので一番手っ取り早いのはお風呂に入ることですね」


「よし。コメット、風呂に浸かってきてくれるか?」


 コメットはうなずき、踵を返して風呂場へと向かった。


 残された四人はしばしの間、無言のままソファーに座って待った。


 するとしばらくしてコメットが真っ白な上質のローブを羽織って部屋に戻ってきた。


「……本当にこれで入れ墨が浮き上がっているんですかねえ?……」


 コメットは自らの背中を見たことがないため、半信半疑の様子で背を向け、ローブを脱いだ。


 するとそこには……。


「……これは……地図なのか?……わたしにはそうは見えんが……」


 シェスターはコメットの背中に浮かび上がった幾何学模様の図形を睨み付けながら不可思議そうに呟いた。


 すると横のアジオも同様にいぶかしげな様子で顔を横にしたり、縦にしたりしながら入れ墨を眺めた。


「……そうですね……これではなんだかよくわかりませんね……」


 するとシェスターが入れ墨から目を離さないまま、コメットの後ろに佇むバルトへ問いかけた。


「……バルト、君がこの入れ墨を見たのは始めてではあるまい?君はこの図形を何だと思っていた?」


 するとバルトが、低くよく通る声でもって言った。


「……わたしが聞いておりますのは、コメット様の入れ墨だけではその秘密は解けないと……」


「……それはつまり?」


 シェスターの問いにバルトが目を細めながら厳しい顔付きでもって答えた。


「他の三人の庶子にも入れ墨がある……ということでございます」

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