第八十二話 出立
1
「ふむ。おぬしらご苦労じゃの」
エルは仰向けに寝そべり、でっぷりと肥え太った腹を見せた状態のまま、まったく心のこもっていないねぎらいの言葉をロンバルドたちに掛けた。
「……どうも……」
ロンバルドたちは無残にも散ったコリンを弔うために、もっとも幅広で土を掘るのに適していると思われる段平を用いて苦労しながら穴を掘り、丁重にその遺体を埋葬し終えたところであった。
「とはいえ、もう一つあるのう。まあがんばることじゃな」
エルが言うとおり遺体はもう一つあった。
でっぷりと肥え太ったゴルコス将軍のものである。
ロンバルドとシェスターは傍らのゴルコスの遺体をちらりと見ると、うんざりとした表情を浮かべながらお互いの顔を見合わせた。
「……魔法で何とかなりませんか?」
ロンバルドは駄目で元々と思い、エルに尋ねた。
しかしエルの返事はにべもないものであった。
「さっきも言ったであろう。墓を掘る魔法などないわ。横着せずにちゃんとお前たち自身の手でやることじゃ」
ロンバルドたちはうんざりとした表情のまま段平を手に、渋々と作業を再開するのだった。
2
「ふう……なんとか終えたな……」
ロンバルドはとめどなく流れ落ちる額の汗をぬぐいつつ、共に汗を流したシェスターに語りかけた。
「ええ。まあなんとか終わりましたが……このあとはどうするのですか?」
するとエルが仰向けに腹を見せた姿勢のまま面倒くさそうに言った。
「このわしが寝ている奴らの記憶を改竄して、さっさとここを立ち去るのみじゃて」
「つまり、ロトス君とはここでお別れということか……」
ロンバルドは少しさびしそうに言った。
「そうですね……実に気持ちのいい男でしたね」
「ああ、だが今後もし我らが彼と連絡を取るようなことをすれば、却って彼に迷惑がかかろう。だからここは黙って別れるとしようじゃないか……彼とはいつかまた会えることもあるだろうしな」
「ええ。ぜひまた会いたいものです」
すると二人のやり取りを黙って見ていたエルが、その重そうな身体をくるっと回転させてようよう立ち上がり、ゆっくりとした口調でロンバルドたちに問いかけた。
「ではもういいのかのう?」
「はい」
ロンバルドは静かだがはっきりとした口調で短く返答した。
「うむ。では彼らからゴルコス暗殺に関わる記憶を全て消し、千年竜による襲撃を受けて命からがら逃げ惑ったという偽りの記憶を植えつけるとしよう。それでよいな?」
ロンバルドたちはただ黙って相槌を打ち、エルに同意した。
すると二人の意思を確認したエルはやおら二本足で立ち上がり、さかりのついた猫が出すようなうめき声を突然上げた。
そしてロンバルドたちが驚きの表情を見せるなか、ひとしきりうめき声を出し終えたエルは、満足そうな顔を浮かべて前足を降ろした。
そして、くいっくいっと首を二度ほど振ってからロンバルドたちに向き直って言った。
「終わったぞ」
「今ので?……うめき声みたいな詠唱法でしたが……」
「あれは詠唱ではない。ただの気合入れみたいなものじゃ。わしクラスともなれば当然無詠唱に決まっておろうが」
「……はあ。そうですか……ではこれで?」
「うむ。おぬしらを除くこの森にいる者全員の記憶を消した。あとはほうって置いても半日もすれば自然に起きるじゃろう」
「では審議官。参りましょうか」
「そうだなシェスター。早々にエスタへ戻るとしよう」
「ええ。我々はあの惨劇の後始末をしなければなりませんからね」
ロンバルドたちはまなじりを決して歩き始めた。
エルはそんな二人の後姿を眺めて一つ大きくうなづくと、自らの身体を小さくし、ゆっくりとしなやかに二人の後を追うのであった。
3
「俺は知らねえぞ!冗談じゃねえ!俺にはなんにも関係ねえ!」
ロンバルドたち一行がいざ森を出てエスタへ向かおうとしたちょうどそのころ、森の北五Kほどのところを一人の男がぶつくさと独り言をつぶやきながら歩いていた。
「俺は何にも知らねえ!ゴルコスが殺されたなんてまったく知らねえし、そのことで仲間内で殺し合いを始めるなんてもっと知らねえ!勝手にやりあうといいんだ!俺には関係ねえ!」
男はいつまでも独り言をつぶやきながら愛しい家族の元へと帰るべく、足早にその歩を進めていた。
「俺は村へ帰るぞ!このまま軍を抜けてやるんだ!どうせあいつら普段から俺のことなんか見向きもしてねえんだ!俺が抜けたって判る訳ねえ!そんでもう二度と軍には係わらん!俺は畑を耕して生きていくんだ!誰にも邪魔はさせねえ!俺は!俺は村へ帰るんだ!!」
男の名はルカク。
ゴルコス将軍の身の回りの世話をする小間使いであった。




