第七百六十九話 攻め込む
ドームはゆっくりと下降し、裂け目を抜けて地獄の大地を眼下に睥睨していた。
「……どうやら地獄へ着いたようだな?これからどうするつもりなのだ?」
シェスターの問いに、これまで大人しくソファーに寄りかかっていたメノンティウスが静かに答えた。
「……攻め込む」
「攻め込む?どこへだ?」
「この階層を支配するもののところへだ」
すると突然ドームは静かに方向を転換し、横へ滑るように移動し始めた。
「この階層ということは、地獄は巷間言われているようにいくつもの階層に分かれているということか?」
「その通りだ。階層は全部で八つある。我らが真に向かうのはその最下層だ」
するとシェスターが眉根を寄せて考え込んだ。
「……その最下層に行くには各階層を抜けていかなければならないということか?」
「そうだ。だからまずはこの階層を支配するもののところへ向かうのだ」
「それはわかった。だが先程貴公は攻め込むと言ったな?いきなり戦争でも始めるつもりか?」
するとメノンティウスが顔を上げて笑った。
「戦争か……そこまで大袈裟ではないが、そう大差もないか……」
「おい、ちょっと待て。本気か?本気で地獄の悪魔たちを相手に戦うって言うのか?」
するとメノンティウスは今度は呵々と大笑した。
「悪魔が悪魔と戦ったところでどうということもあるまい?」
「いや、それはそうだが……」
「そう心配するな。攻め込むとは言ったが、いきなり乱戦になるわけではない。戦うのはわたし一人だ」
「そうなのか?シグナスは戦わないのか?」
「奴は戦いは苦手なのでな。いや奴も無論、他の魔導師たちとは比べ物にならないくらいに強いぞ?だが悪魔たちを相手に出来るほど強くはないのだ」
「……やはり悪魔というのは別格に強いのか?伝説の大魔導師でも相手にならないほどに……」
「そうさな……魔導師にも色々とある。攻撃魔法に特化した者もいれば防御魔法に特化した者もな。奴はその点、防御魔法に特化した者なのだ。故に奴では中級以下の悪魔ならともかく、上級悪魔となると中々に難しい。だが攻撃に特化した伝説クラスの大魔導師ならば、最上級悪魔であろうともいい勝負をする者もいるであろうな……」
メノンティウスは実に不適に口角を上げてにやりと笑った。
シェスターはその笑みの意味がわからず、眉根を寄せた。
するとその時、ドームの移動速度が落ち始めた。
「……見えたな。あれだ。あれがこの階層を支配するものの住まう所だ」
メノンティウスは窓の外を顎で指し示した。
シェスターは思わず窓に駆け寄って外を覗き込み、眼下に広がる広大な建物をその視界に捉えた。
「……でかいな……この建物の中にこの階層を取り仕切る悪魔が……しかし、それにしても何なんだあの色は……」
シェスターは思わずつばを飲み込み、目を細めて足下のピンク色に染まった建物をにらみ付けるのであった。




