第七百四十八話 野望
シグナスの問いかけにレノンが軽く微笑を漏らした。
「……よろしいのではないですか?別段、それでどうなるというものでもありませんし……」
レノンがあまり興味なさげに言うと、シグナスが口角を上げて皮肉な笑みを浮かべた。
「……ふむ。どうもお前さんはこの話しには乗り気ではないようだな?」
シグナスはそう言ってちらりと横目でレノンをうかがった。
だがレノンは微動だにせずに無言を貫いた。
そのため、シグナスはさらに口角を上げて笑った。
「……ふむ、まあよいわ。では教えてやるとしんぜよう」
シグナスは改めてシェスターたちに向き直って言った。
「ガイウス・シュナイダーをダロスの王と為すためじゃ」
これにはシェスターだけでなく喉を痛めて声を出せずにいたロンバルドまでもが驚きの声を上げた。
「「何だと!?」」
だがロンバルドの声は明らかにかすれており、シェスターは心配げにロンバルドの顔をのぞき込んだ。
するとロンバルドは痛みに顔を大きく歪めていたのだった。
「副長官、無理をなさらずに。ここはわたしが質問をいたしますので」
シェスターは言うや向き直り、鋭い視線でもってシグナスを捉えた。
「シグナス!ガイウス君を王と為すだと?しかもダロスの王にだと?一体どういう意味で言っているのだ貴様は!」
シェスターの厳しい詰問にもシグナスは笑顔のままであった。
「どうもこうもないわ。その言葉のとおりじゃよ。ガイウス・シュナイダーをダロスの王と為す。ただそれだけのことよ」
「そのようなこと出来るわけがなかろう!王というは世襲ぞ!ダロス王家とは縁もゆかりもないガイウス君が、どうやったらダロスの王になれるというのだ貴様は!」
「ふむ。道理じゃな。確かにお主の言うとおり、通常王とは世襲じゃ。じゃが世襲ではなく王となることもたまにはある。判るかな?」
このシグナスの問いに一瞬シェスターは考え込んだものの、次の瞬間すぐに口を開いて答えたのだった。
「……王朝交代……まさか貴様はそれを言っているのか?……」
するとシグナスがカラカラと大声を上げて笑った。
「その通りじゃ。前王朝を倒し、新たな王朝が建てられる時、その新王は前王とは縁もゆかりもなくてよいのじゃ」
「……つまり貴様は、ガイウス君をけしかけてダロス王家を打倒させ、新王朝を樹立させようと目論んでいるということか?」
するとシグナスがまたも大きな声で笑った。
「……それは少しばかり違うな」
「どう違う?」
シェスターの間髪を入れぬ問いに、シグナスは目を輝かせて答えた。
「ガイウスがダロス王家を打倒する必要などないのでな」
「……打倒せねば新王朝など建てられんだろうが?」
「それはその通りじゃ。王朝交代が禅譲によって為されるなど神話の世界だけの話しじゃからな」
「では……」
するとシグナスがシェスターの言葉を遮らんと手をかざした。
「まあ待て。わしが言いたいのはガイウスが倒す必要がないといっているだけじゃ」
シグナスはそこで一旦言葉を区切ると、先程よりもさらに口角を上げて悪魔的な微笑みを浮かべたのだった。
「なぜならばダロス王家はすでに……この世から跡形もなく消え去っているからなのじゃよ」




