第七百九話 招待
「……だがまあよい。お前は後回しだ」
レノンはそう言うと、リボーに対して右手で払うような仕草をした。
するとリボーは地べたにへたりこんだ姿勢のまま、器用にそそくさと横に逃れたのだった。
レノンは自らの目の前に居た目障りな障害物が居なくなったことに満足して軽くうなずくと、その鋭い不気味な視線を鉄格子の向こう側へと差し向けたのであった。
「……一瞥以来ですな。シュナイダー殿」
レノンは感情のまったく込もっていない声で、実に空虚に寒々しく挨拶をした。
だが当のロンバルドは未だ声が出せない状態だったため、代わりにシェスターが挨拶を返したのだった。
「すまんが副長官は喉を痛めておられる。よってわたしが代わりに貴殿の相手を務めさせてもらおう」
するとレノンは視線を傍らのシェスターへと移した。
「……おお、シュナイダー殿は喉を……それはそれは、いけませんなあ」
レノンは建物の外から中の様子を盗み聞きしていたため、ロンバルドの喉が辛い状態であることを承知していながらも、実に白々しく言ったのだった。
するとロンバルドたちは瞬時にそれを見抜き、共に口の端を歪めてシニカルに笑った。
だがシェスターは顔の表情とは裏腹に、実に丁寧な口調でもって応対した。
「ええ。ですので申し訳ないがわたしが代わりを務めさせていただきたい」
するとレノンはさも大仰にうなずき、笑みを湛えながら言った。
「それは致し方ありませんな。無論出来ますればシュナイダー殿とは肝胆相照らすかの如く親しく言葉を交わしたいところではございますが、喉を痛めておられるのであれば致し方ございません。承知つかまつりましたシェスター殿」
「ほう、わたしの如き者の名を覚えていただいていて、実に光栄ですな」
シェスターも大仰に嫌味たっぷりに言った。
するとレノンはそれをさらに上回るかの如く両手を大きく広げて肩をすくめた。
「おお!これはこれは……そのようなことを仰いますなシェスター殿。シュナイダー殿の片腕として勇名を馳せておられる貴殿を、よもやわたくしが知らないなどということがございましょうか」
「そうですか。それはそれは……して本日我らをお招きいただいたのはどのようなご用向きでのことですかな?」
「招いた?我らが貴殿らをですか?いえいえ、我らは別段貴殿らをお招きした覚えはございませんが?」
レノンは実に白々しいとぼけ顔をして言った。
するとシェスターもレノン同様に白々しく不思議そうな顔を作ってみせたのだった。
「はてさて、招いてはおられぬか……これは困ったな。我らはてっきり貴殿にここへ誘い込まれたものとばかり」
「いやいや、貴殿らが勝手に我らが元に飛び込んでこられたのではありませんか?」
「そうですか。ではそういうことにしておきますか……では我らは現在貴殿にこうして捕らわれてしまっている訳ですが、開放されるおつもりは?」
するとレノンは薄皮に張り付いた笑顔を瞬時にすっと引っ込め、間髪を入れずに冷徹に言い放ったのだった。
「ありません」
レノンは言い終えるや、満足そうに再び笑みをその薄皮に浮かべるのであった。




