第六百五十話 猫王エルの大冒険
「コメット君はずい分とエル様に興味があるようだな?」
シェスターの問いにコメットが勢い込んで答えた。
「はい!子供の頃大好きだったんです!『猫王エルの大冒険』!」
するとシェスターが不思議そうな顔つきとなってコメットを見た。
「……猫王エルの大冒険……というのは、何かの本のタイトルかなにかかね?」
するとコメットが力強くうなずいた。
「ええ、そうですよ!……というか、ご存知ないですか?」
コメットの問いにシェスターが頭を振った。
「……いや、聞いたことがないが……皆は知っているのかな?」
シェスターが首を巡らして皆を順に省みるも、皆一様に訝しげな表情を浮かべて首を横に振った。
「……え?みんな知らないの?『猫王エルの大冒険』だよ?」
コメットが心底驚いたといった顔を浮かべて皆に尋ねるも、皆それぞれの顔を見合わせて首をかしげるのみであった。
「……え~、世代的なものなのかな~?滅茶苦茶大人気だったんだけどな~」
するとシェスターが興味深そうに尋ねた。
「それは君が子供時代の読み物だったのかね?」
「はい、そうです。学校でみんな読んでましたから」
「ほう……その本は新しいものだったのかな?」
「……そうですね。新しかったと思います」
「となると……やはり君が言う通り世代的なものなのだろうな。少なくともここにいる者の中でその存在を知っている者は最年少の君だけだからな」
「……ですね。でもそうか……僕はてっきり伝説のお話しだから誰でも知っているものだとばかり思っていました」
「ああ、いや、わたしも猫王エルの伝説は知っていた。ただその『猫王エルの大冒険』という書物を知らないというだけでな」
「ああ、なるほど……そうか、そうですよね?知らなかったら猫王エルに会った時に訳が判らないですものね?」
「まあそうだ。とはいっても数ある伝承の一つとして一応知っていた程度の話しではあったがな?」
「そうなんですか……僕なんかにしてみたら猫王エルは最大のヒーローでしたけどね~」
「……最大のヒーロー……」
シェスターは記憶の中のぐうたらなエルの肥え太った姿を思い出して思わず苦笑いを浮かべた。
するとアジオがそれを見逃さずにシェスターに突っ込んだ。
「どうやらシェスターさんの知っている猫王エルは、ヒーローと呼ぶにはふさわしくないもののようだよ?」
するとコメットがすぐに食いついた。
「えっ?どういうこと?あ~猫王エルがヒーローっぽくないって意味?ならそれは一緒だよ。『猫王エルの大冒険』でもヒーロー然としたヒーローってわけじゃなかったし」
すると今度はシェスターがコメットに食いついた。
「うん?そうなのか?ならなんで君にとってはヒーローなんだ?」
するとコメットは満面に笑みを浮かべて答えた。
「ああ~そうですね~……いや猫王エルは普段凄いぐうたらなんですよ。いつも寝っ転がって怠惰に過ごしているんですけど……いざって時になると動き出すんです。そしていつもぶつくさ文句を言いながらも大活躍をするんですよ!」
コメットは、今、目の前でエルの活躍を見ているかのように目を輝かせながら語るのであった。




