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第六百九話 大全

「この書の題名は……う~む……読めんな……」


 シェスターは目を細めて懸命に表紙に書かれた文字を読もうとするも、表皮がほぼ剥がれ落ちていたため、何らの文字も読み取ることは出来なかった。


「ええ、そうなんです。文中にもこの書の題名と思われるものは載っていません。なのでこの書の題名は判ってないんです。ですが内容については先程も申しました通り、メリッサ大陸に古くから伝わる土着の神々について詳細に書かれているため、我々は便宜的に『ローエングリン中央部土着神大全』と読んでおります」


「ふむ。大全か……ということは相当に詳しく載っているというわけだな?」


「はい。他のどんな古文書よりも詳細です。ただ……」


「うん?どうした?」


「はい。ただ、他の多くの古文書と食い違う箇所がいくつかありまして……そのためこの書は未分類のものとされ、ここに眠っているというわけなんです」


「……つまり偽書の可能性があるというわけか?」


「仰る通りです。少なくとも他の多くの学芸員たちはその可能性を疑っています」


 グレンは悲しげにそう言うと、静かに頭を垂れてうなだれてしまった。


「……だが君はそう思っていない。そうだな?」


 シェスターの確信を持った物言いにグレンが勢いよく頭をもたげた。


「はい!そうなんです。僕はこの書を偽書だとは思っていません。それどころかこの書に書かれた事が真実で、その他の書の記述が間違っているのだとさえ思っています」


「その根拠はあるのかね?」


「……いえ、根拠とまで言えるものは……ですがこの書の古さは尋常じゃありません。それに比べて他の全ての書はかなり新しいんです。ならばその他の書の中のもっとも古い書が何らかの理由で記述を間違え、その他の書がそれを書き写してしまったのだとしたら……」


「なるほどな。つまりその他の書の中の最も古い書こそが偽書の可能性だってあると言いたいわけだな?」


「はい。もしかしたらですが、そうかもしれないじゃないですか?……でも……僕のこの説は残念ながら少数派なんですよ……」


「ふむ。だが君はダロス古代史の専門家なのだろう?他の学芸員たちはそうではないのではないか?」


「はい。古代ダロスの専門家は僕だけです。ですが、彼らも時代や国、地域などは違えど皆立派な研究者なので……正直絶対の自信をもって断言出来る……というところまでの自信がないのも事実なんです……」


 グレンはそう言うとまたも首を垂れてうなだれた。


「そうか……まあ現代においても事の真贋を見極めるのは、それがたとえどのような分野であれ難しいことだからな。古い文献の真贋ともなれば、なおさらそれは至難の業と言えるのかもしれんな」


 シェスターがあまり上手とはいえない慰めの言葉をかけるも、グレンは微動だにせず首をだらーっと垂らしたままであった。


 するとロデムルが雰囲気の悪さを変えようと、すっと顔を横合いから覗かせて言った。


「お二方、真贋はとりあえずさて置き、とりあえず書物の中身をご覧になられてはいかがでしょうか?」


 するとグレンがおもむろにすーっと顔を上げた。


「……そうですね。真贋は置いといて中を見てください。面白いと思いますよ?」


 すでに興味が書物の中身に移ったためか、グレンの顔には嬉々とした研究者の顔が浮かび上がっていたのであった。

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