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第五話 家庭教師

 ガイウスが自室を水浸しにしてしまい、その後魔法の使用を禁じられてしまうことになった事件から二ヶ月あまりが経過した。


 (こよみ)の上では秋となったが、家々の白い壁に照りつける日差しはいまだ鋭く強い。

 

 朝方はまだしも昼前ともなれば(きらめ)くような陽光に焼かれた壁は、熱くて触れないほどである。


 とはいえこの地方特有の乾いた風が街をやさしく撫でているため湿度はとても低く、不快感はあまり感じないといえる。


 そんな残暑厳しい九月の或る日、ガイウスは屋敷内の広大な中庭で、ロンバルドから剣術の薫陶(くんとう)を受けていた。


「いいぞ。そう、その調子。……もっと腰を低く!重心がぶれないように」


 ガイウスは子供用のおもちゃみたいな剣を振り回してロンバルドに果敢に挑んでいた。


「そうだ!今のは悪くないぞ。だがあまり腰が入っていないな」


 ガイウスは肩で息をしながらも、勇ましく挑戦しつづけた。


「ん!それだ!その感覚を忘れるなよ。よし今日はここまでとしよう」


 ロンバルドの言葉を聴き終えるより早く、ガイウスは膝から崩れ落ちた。


「よくがんばったな。だいぶ上達したぞ」


 ガイウスはあまりにも厳しい訓練に疲れ果て、返事をする余裕もなかった。


 両手を地につけ()いつくばる彼を、ロンバルドは慈愛のこもった視線で見つめた。

 

 現在のところガイウスの教育係は六人おり、それぞれに政治学、経済学、歴史学、法律学、数学、天文学を教わっていた。


 元々は国語や算数などを教える幼児向けの家庭教師がついていたが、前世の知識を有するガイウスにとって、それらはあまりにも退屈なものであった。


 そのため、つい六歳児の仮面を脱ぎ捨て存分に持てる知識を発揮してしまった結果、多少気味悪がられはしたものの「神童」の評判を得ることが出来、退屈な授業から逃れることに成功していたのであった。


 ちなみに彼ら六人の家庭教師たちは家令のロデムルによって統率されていた。


 ロデムルはそれぞれの学問の進捗(しんちょく)状況を教師たちからの報告により把握し、ガイウスが最も効率よく学問を修められるように指揮していた。


 また、ロデムルはガイウスの武術全般の師でもあった。


 剣術、槍術、弓術、体術などがそれであり、連日ガイウスを厳しくも優しく丁寧に指導していた。


 しかしそんなロデムルは二ヶ月程前より不在であった。


 そのため代わって父ロンバルドがガイウスに武術の稽古をつけていたのであった。



「ガイウス、父様はそろそろ仕事に出かけなければならない。いいかい、ちゃんと汗を流して風邪を引かないようにするんだよ」


 ガイウスはまだ息を切らしていたものの、「はい。父様いってらっしゃい」ときちんと礼儀正しく返事した。

 

 それを聞いたロンバルドは微笑みながら大きく頷き、「では行ってくる」と言い残すと(きびす)を返して大股で中庭を横断し、邸内へと入っていった。


 ガイウスはその後姿を見送るとゆっくりと立ち上がり一つ大きな深呼吸をした。


(ふう。六歳児のこの身体じゃ、まだロンバルドに汗一つかかせられないな)


 そしてガイウスはゆったりとした足取りで自室へと向かった。

 


 ガイウスは自室に戻るとまず浴室に(おもむ)いた。


 ガイウスが服を脱ぎ捨て浴室に入ると、小さな子供用の純白に輝いた陶製の浴槽には、既に使用人たちによって暖かなお湯が張られていた。


 彼は湯桶を手に取り浴槽のお湯をすくうと、少しずつ身体に掛けて汗を洗い流した。


 次いでゆっくりと浴槽に入り、肩までつかってほっと一息ついた。


 そして両手でお湯をすくって顔を洗い、ふと目を開けるとそこにはなんと、常人の五倍はあろうかという巨大な顔が浮かんでいた。


 ガイウスはあまりの驚きに声も出ず、ただただ縮み上がってしまっていた。


 するとその巨大な顔が、ガイウスに向かって語りかけた。


「ふうん、お前がガイウスかい。無詠唱魔法が使えるってのは本当なのかい?」


 ガイウスは蛇ににらまれた蛙のように身体を硬直させて微動だにせず、首だけを小さく震わせながら下に向けた。


「へえ、そいつはすごいね。無詠唱魔法なんてのは本来あたしら年寄りの専売特許みたいなものなんだがね」


 ガイウスは恐怖に怯えながらも巨大な顔をしっかりと見ると、たしかにその顔は老人のそれであった。


 それも大きな鷲鼻の老婆であった。


「まあいいさね。ほんとうかどうかは会ってみれば判ることさ」


 言い終えるや老婆は段々と霧のように薄くなり、ついには溶けるようにいなくなってしまった。


 ガイウスはようやく呪縛が解けたせいかお湯の中に一旦沈み、次いで勢いよく湯船から飛び出した。


(なんだ今の婆さんは!突然首だけで現れやがった!……あれも魔法か……そうか!あれが例の「あの御方」か!?……)


 ロデムルが旅立っておよそ二ヶ月、ついに尋ね人に巡り会えたのだろうとガイウスは思った。


 と同時に嫌な予感を禁じえなかった。


(あれは……だめだ……なんていうか…………妖怪じみている…………勝てる気がしない……)


 ガイウスは「あの御方」との初めての邂逅(かいこう)に既に完全に呑まれていた。


(やばい。ロンバルドたちがびびる訳だ。魔法とはいえ、いくらなんでもあんな化け物じみたまねが出来る婆さんだとは……)


 ガイウスは深い嘆息を一つすると、再び浴槽に浸かり頭を抱えた。


 ガイウスの地獄の日々は間近に迫ってきていた。

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