第五百九十二話 ユノー共和国
「……やはりユノーであったか……」
シェスターが苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
するとアジオがそんなシェスターの顔を見て、さも楽しそうに問うた。
「予想通りでしたか?」
「……まあな。そのような大規模な投資をするとすれば、我がヴァレンティンか、さもなくばユノーと相場が決まっている。だがわたしの耳には我が故国がそのような大規模融資をルーボスに対して行ったとは聞いていない。ならば当然、それはユノーということになるというわけさ」
シェスターはそう言うと苦い表情はそのままに、軽く何度も自分に言い聞かせるように小刻みに頷いた。
「……やはりユノーはお嫌いですか?」
アジオがはっきりとした口調でシェスターに切り込んだ。
するとシェスターは片眉をピンと跳ね上げ、少々不愉快そうに答えたのだった。
「まあな。ヴァレンティンに住まう者で、ユノーに好印象を持っている者はそう多くはないだろう。いみじくも君が先程言ったとおり、永遠のライバル国なものでな」
「隣国同士は大概仲が悪いと相場が決まっているものですが、ヴァレンティンとユノーの仲の悪さというものは、わたしなどから見ると少々異常に思えるのですが……」
「かもしれんな。たしかにローエングリン教皇国も、レイダム連合王国、ダロス王国と国境を接し、時代時代において大陸全土を舞台に大いなる戦乱を巻き起こしてはいるが、その間の休戦期間もまた実に意外に長かったりする。それに対して我がヴァレンティンとユノーは、戦争こそ起こさないまでもそれに準ずる戦いに関しては、絶えることなく延々と続けている訳だからな」
するとシェスターの言葉を継ぐように、アジオが静かに告げたのだった。
「経済戦争ですね?」
アジオの問いにシェスターが大きくうなずいた。
「その通りだ。そもそも我が国は元は沿岸の小国に過ぎなかった。だが我らの先祖は商才が優れていたのだろう、海に活路を見出した。類まれな航海技術を編み出し、縦横無尽に大海を渡って様々な国と交易をした。そして飛び地ではあるが経済特区を各国の領土内に獲得することで次第に領土を拡大していったのだ。だが……これらのことは我が国だけの専売特許ではなかった」
「隣国のユノーもほぼ同時期に大海に出たようですね?」
「うむ。実際どちらが先だったかの判断は歴史家にでも委ねよう。だがほぼ同時期にユノーが大海に活路を見出したことは確実だ。そして彼らの先祖の商才もまた、我が国の先祖同様、類まれなるものであったこともどうやら間違いないようだ。そしてユノーは我が国と先を争うように領土を獲得していき、今もなおそれは拡大している」
「ですがそれはヴァレンティンも同様では?」
するとシェスターは口角を上げてニヤリと笑いつつ、軽く何度も小刻みに首肯したのだった。
「当然だ。ユノーに遅れを取るわけにはいかんからな」




