第五百八十七話 メルバ
「アジオ、ともかく君はバルトの雇い主が他に二人いるという庶子の内のどちらかだと思っているというわけだな?」
シェスターが、少々不貞腐れ気味なアジオに対して気持ちを切り替えるよう厳しい口調で問うた。
するとアジオもシェスターの意図に気付き、ビシッと背筋を伸ばして答えた。
「はい。他に考えられない以上、間違いないかと……」
「どちらか……というのは判らんのだな?」
シェスターが探るように問うと、アジオは実にあっさりと答えた。
「いえ、長兄のメルバだと思われます」
あまりにもあっさりと名前を告げられたため、シェスターはかなり驚いた。
「そうなのか?……なぜそう思う?何か証拠でもあるのか?」
するとアジオは肩をすくめながらもゆっくりと答えた。
「え~と~、証拠はないですね。ただ……年齢的にもメルバしかいないと思っただけです」
「年齢……メルバ一人がかなり年長だということか?」
「はい、その通りです。と申しますのもコメットが生まれた時に二十歳を超えていたのはメルバだけなのです。現在は……五十歳前後ですかね。なのでおそらくはこのメルバかと……」
「なるほどな……では尋ねるが、そのメルバとは一体どういった人物なのだ?」
「わたしはお会いしたことはありませんが、風の噂ですと大変温和な人物だと聞いております。ですのでコメットが生まれた時に護衛を付けた人物としてかなり相応しいのではないかと思っているわけです」
「ふむ……なるほどな。ではメルバの経済状況はどうなのかね?それが悪ければコメットの母親と同じでその推測は成り立たなくなるぞ?」
「ご安心を。メルバは大変に裕福です。といってもそれはもちろんフラン元大司教とは関係ありませんよ?フランは庶子に対して一律に愛情を注がなかった男ですからね。ですから彼の経済状況の裕福さは、全て彼自身の才覚によるものです」
「ほう、彼自身のな……だがその裕福さは三十年前も同様なのかね?その時彼はようやく二十歳を超えた程度の年齢だったのだろう?」
「ええ、その通りです。ですが彼はその当時すでにかなり裕福でした」
「ほう……何故、かな?」
シェスターが鋭い眼光でアジオを捉えた。
しかしアジオは決して怯むことなく、悠然と答えた。
「貿易です」
するとシェスターの眼光が爛々と輝いた。
それもそのはず、貿易とはシェスターが属する故国ヴァレンティン共和国が最も得意とするところだったからである。
シェスターは思わず、口角を上げてにやりと微笑み、アジオに対してさらなる問いを発するのであった。




