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転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~  作者: マツヤマユタカ
第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~
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第五十五話 或るもの

 1



 再び、鬱蒼(うっそう)とした森に絶え間なく金属と金属が激しくぶつかり合う音が響き始めた。


 一つ大きな金属音が鳴り響くたびガンツは一歩前に進み、ロトスは一歩後ろに後ずさった。


 そして十合、二十合、三十合と刃を合わせるうちに、彼ら二人とそれを見守る担ぎ手たちとは、さらに奥まった森の中へと深く入り込んでいった。


 すると突然担ぎ手の一人がロトスの後背を指差し、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。


「ひゃっ!?あ、あれはなんだべ?」


 すると他の担ぎ手たちも次々にロトスの後背を指差しつつ、驚きの声を上げた。


「へっ?なんじゃろうか、あれは?」


「なんぞ、なんぞ、なんぞありゃあ?」


「あれは……なんでっすか?」


 これまで只静かに見守っていただけの担ぎ手たちが突然大きな声で騒ぎ出したため、遂にガンツまでもが攻撃を止め、騒ぎの元となっているロトスの後ろの或る物(・・・)を目を細めて凝視しだした。


 あまり視力のよくないガンツは初め、それがぼやけて見えていたのであったが、次第に焦点が合ってくるにしたがいその顔には驚愕の色が浮かび始めた。


 そしてそれはやがて恐怖を伴ったものとなり、遂にガンツは上段に振りかぶっていた戦斧を地面に落とすはめとなってしまった。



 ロトスは急にガンツが攻撃を止めたばかりか大事なはずの戦斧を地面に落とす様を見て大いに驚き、次いで大いなる不審を抱いた。


(これはなにかの罠だっすかな?突然斧を落とすなんて……でも仲間たちもなにやらぎょっとした顔でわたすの後ろをずっと見てるだなっす。き、気になるだなっす)


 ロトスは(しばら)くの間は罠を疑い油断なく備えていたものの、ガンツの顔に浮かぶ驚愕の色があまりにも色濃かったため、遂に誘惑に負けて後ろを振り返った。


「な……これは……なんだなっす?……これは一体なんだなっすかー!?」


 ロトスの恐怖に震える絶叫が、青々とした深緑の森に木霊(こだま)した。



 2



 ゲッツが初めて親衛隊副長となったのは、もうかれこれ十年以上も前のことになる。


 特に剣術の才があったわけでなく、また参謀としての資質に恵まれたわけでもない彼が副長となりえたのはひとえに狡知(こうち)()けた弁舌によってのことであった。


 常に鋭く研ぎ澄まされた嗅覚でもって力ある者を嗅ぎ当て、言葉巧みに(おだ)て上げては渡り歩いてきた。


 そして彼は今現在親衛隊副長という役職についていた。


 この親衛隊副長という職が自分にとって恐らく最高位の役職であろうとゲッツは思っていた。

 

 彼は決して狡猾(こうかつ)極まる野心家などではなく、自らの能力の限界を知り、己の分を(わきま)えた男であったといえる。


 親衛隊副長となって十余年、彼は決してその上の隊長職を望んだことなど一度としてなかった。


 もっとも副長の座から降りようなどということもまた、考えたことは一度もなかった。


 彼の思い描く理想的な未来像とは、今の副長職のまま平穏無事に退役し、一般兵よりも三割り増しの年金でもって晴耕雨読(せいこううどく)の優雅な田舎暮らしをすることであった。


 だからこそゲッツにとって、コリンのように有能な男はいかにも目障りであった。


 剣技に(すぐ)れ、かつ頭脳明晰となればゲッツが勝るところなどなに一つとしてない。


 まして自分がとうに失ってしまった若さをも有しているとなれば、もうそれは嫉妬する以外ないといえる。


 ゆえにゲッツはコリンをいびった。


 事あるごとに何かそれらしい理由付けをしては、いびった。


 だがそれは幼少期における苛烈極まるいじめなどとは異なり、ちょっとした嫌がらせ程度のものに過ぎなかった。


 何故ならばコリンには天賦(てんぷ)の才があった。


 なにがどうあれいつまでも役職なしのままでいるはずのない男であり、いずれ必ず自分を追い抜いていくはずの男であった。


 ゆえにコリンがいずれ自分の上役となった時のために、あれは教育だったのだと言い逃れが出来る程度のものにとどめていたのだった。


 だがゲッツにはそれで充分だった。


 有能な男がほんのわずかの間、自分の部下でいる内のちょっとした楽しみ、ゲッツのコリンに対するいびりとはその程度のものに過ぎなかったのであった。


 ではエドバーグに対してはどうか。


 それはコリンに対して持つ嫉妬などという程度の感情ではなく、完全に憎悪といえるものであった。


 なぜならば剣技に関しては若干エドバーグに劣るものの、智謀に関していえばゲッツが多少上回っており、ややもすれば良きライバルになりそうなものなのであるが、エドバーグにはゲッツにはない特筆すべき長所があった。


 それは人望の高さである。


 自らの他者と異なる長所が狡知(こうち)()けた弁舌という多少人聞きの悪いものであるゲッツにとって、それはとても魅惑的なものに映り、と同時に裏返って憎悪の対象となっていたのであった。


 ゆえにゲッツはエドバーグに対して徹底的に嫌がらせをした。


 コリンに対してのそれとは異なり、執拗(しつよう)にして底意地の悪い嫌がらせをし続けたのである。


 結果、対象のエドバーグも当然のことながらゲッツに対して憎悪の感情を抱き、二人は事あるごとに対立してきたのだった。


 そして今、そんな二人がルーグの森の奥深くで互いに剣を抜き放って対峙している。


 エドバーグによる奇襲攻撃が失敗に終わり、互いの剣の切っ先を合わせてカチカチと音を鳴らしつつ、その時が来るのを互いにじっと待っている。


 憎しみ合う両者の運命を分かつ刹那(せつな)のその時を。

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