第五百六十話 ローエングリンとダロスの違い
「ああ、ホテルリードだったらこの道をまっすぐ行ったところにあるよ。薄緑色の建物だからすぐに判ると思うよ」
若者は親切に道の先を指で指し示しながら教えてくれた。
アジオは丁寧にお辞儀し、シェスターたちの元へと駆け寄った。
「この道をまっすぐ行ったところの薄緑色の建物だそうです」
「よし、では早速向かおう」
シェスターを先頭に一行はタルカの町の門を潜った。
「ふむ。田舎かと思えば結構拓けているな」
「そうですね。まあこの辺はまだ帝都圏内ですからね」
「帝都圏内とは?」
「ええ、ここら辺は厳密には帝都オーディーン市内ではありませんが、帝都に付属した周辺地域ってことで帝都圏内と言われているんですよ。実際、物流なんかもスムーズに運行していますしね。田舎って感じはないですよ」
「たしかに。商店がいくつも軒を連ねているし、そこを訪れる人の数も多いようだ。これも大国の底力の一端というわけだな」
「まあそうですね。中央政府は腐り始めていたとしても、まだ経済関連は安泰ってところですかね」
「いまのところは……と言いたいわけだな?」
「当然です。政治と経済は密接に絡んでますからね。政治が腐敗を始めれば、徐々に経済だって滞ってきますよ…………ダロスのように……」
アジオの言葉の最後は、ごく小さな呟きであった。
だがシェスターはそれを聞き逃さなかった。
「ダロスへ行ったことがあるのかね?」
「……あら、聞こえちゃいました?」
「かろうじてね」
「そうですか……いや実は僕は以前ダロスに赴任していたことがありまして」
「赴任というと、大使館勤めかね?」
「はい。王都アレキサンドラに二年ほど」
「……ほう。そうか……ならばダロスの憂鬱を間近で見てきたというわけか?」
「見ました。この目でしっかりとね。酷いもんですよあれは」
「どう酷かったのだ?」
「……どう……って問われると困りますね。なにせ全てですから。国の至るところ、至る人、諸々全てが腐敗し、堕落し、生気を失っているのですからね」
シェスターはアジオの言葉を聞き、歩きながら腕を組んで考え込んだ。
そして思案げな表情を浮かべたまま、アジオへと問うたのだった。
「ローエングリンもいずれそうなると思うかね?」
シェスターの問いに、アジオは即座に首を激しく横に振った。
「さすがにそれはないでしょう。たしかに今後も腐敗は広がるでしょうし、それは経済にも波及していくと思いますが、いずれ何処かでなんらかの対策が取られると思いますよ?なにせローエングリンは大国ですからね。そういう腐敗と戦う勢力がきっと現れる。僕はそう思っています。それと……これは僕の勝手な感想でしかないんですが……ダロスの憂鬱はちょっと特別な気がします。特別な何かがあの国を覆っているような……そんな気がしてならないんですよ……」
アジオはそう言うと、道化のように肩をすくめてほのかに笑みを浮かべたのであった。




