第五百五十話 庶子
「……ですが……僕はまったくもってフラン元大司教に対して同情する気はありませんがね……」
アジオが実に冷厳な口調でもって切って捨てた。
シェスターは驚き、さも意外そうな顔つきとなって問い質した。
「それはなぜかね?君はコメットくんを結構可愛がっているように見えたが?」
するとアジオが大きく息を吐き出し、肩をすくめながら返答した。
「だからですよ。おっしゃる通り、僕はコメットを憎からず思っています。だからこそフラン元大司教には同情出来ないんです」
「……それはつまり、フラン元大司教とコメットくんは不仲であったということか?」
「不仲といいますか……まあ一方的にコメットが嫌われていたってところですかね。だからフラン元大司教はコメットをゴルコスの親衛隊に差し向けたんですよ。ほら、なにせゴルコスの第七軍団の死亡率は他を圧倒する高さですからね。だからですよ」
「……そうだったのか……」
「そうなんです。酷い話しですよ。なぜ妾の子ってだけであんな目に合わせられなきゃならないのか……本当にあいつは可哀想な奴なんです」
「大司教という宗教上の大事な役職でありながら妾がいるのか……」
「ええ、というかご存知ありませんでしたか?そんなのはっきりいってフラン元大司教だけではないですよ?ほとんどの大物は、政教問わず大抵妾の二人や三人は囲っていますよ。実に嘆かわしいことにね」
「そうなのか……それは知らなかったよ」
「さっき話の途中で出てきたゴルコス。奴が現教皇の息子だってことはご存知ですよね?奴は教皇とその正妻との間に生まれた唯一の嫡子なのですが、奴以外に沢山の妾との間に生まれた庶子が、十人はいるらしいですよ?しかも教皇自身はフラン元大司教とは違って嫡子のゴルコスではなく、庶子の方を可愛がっていたとか……もっともそれがたくさんいる庶子の内の誰なのかはわかりませんが、まあむべなるかなって感じですよね。なにせあのゴルコスですからね……いくら嫡子とはいえ、こればっかりは教皇の気持ちはよくわかるってものです」
「十人も庶子が……そんな人物が現教皇なのか?」
「ええ、ローエングリンの政治体制は他国と比べれば強固と言っていいでしょう。ですがそれは他国があまりにもだらしがないからなのであって、実際のところはそうでもないんです。ちょっと裏を返せば至る所に腐敗が蔓延っているっていうのがローエングリンの実情です。それをもっとも体現していると言えるのが……一番上の方にいるお偉いさんたちなんですよ……実に嘆かわしいでしょう?」
「なるほどな。俗に魚は頭から腐るというが、ローエングリンもまさにそれというわけなのだな」
「残念ながら……ね」
アジオはそう呟くと、肺腑の空気を全て吐き出すかのごとく大きなため息をついたのであった。




