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転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~  作者: マツヤマユタカ
第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~
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第五十三話 失われた時を求めて

 1



 コリンの渾身(こんしん)の一太刀を受け、深々と右太ももを(えぐ)られたアルスは、その痛みに耐えつつさらなる猛攻を巧みに耐え(しの)いでいた。


 (しばらくは守り一辺倒でも仕方あるまい。とにかく今は心を落ち着かせ、呼吸を整えることに専念しなくては……)


 アルスは、コリンの若さ(あふ)れる激しい攻撃を百戦錬磨の経験でもって巧みに(さば)いていた。


 そしてひたすら無心に十合あまりも刀を合わせ続けるうちに、無意識下で幼少期の思い出がふと(よみがえ)ってきた。 


 ローエングリン北西部にあるガスコー山脈の(ふもと)の小さな村セムガ。


 幸福という意味を持つこの村に生を受けたアルスは、貧しいながらも愛情深い両親と心優しい三人の兄たちに囲まれてすくすくと育った。


 貧しさゆえに満足な教育を受けられず、幼少の頃より田畑にて親の手伝いをする毎日ではあったがアルスにとってそれは至極当然のことであり、特に不満を漏らすこともなく日々を忙しく過ごしていた。


 そんなアルスにとって唯一の楽しみは、農作業の合間に行われる三人の兄たちとの剣術練習であった。


 お手製の粗末な木剣(ぼっけん)を手にして年嵩(としかさ)の兄たちに果敢に挑みかかる様は、見守る両親の顔を幾度も(ほころ)ばせたものだった。


 初めのうちこそ兄たちに軽くいなされたアルスであったが、しかし次第に(まばゆ)いばかりの剣術の才が頭をもたげてきた。


 元々俊敏性に富んでいたアルスは、次第に兄たちの攻撃を巧みにかわすようになり、握力が強くなる年代になると攻撃の型を覚えてそれなりに様となった。


 そしてアルスが(よわい)十五を数えたときには、三人の兄たちは勿論、近隣の大人たちの誰もが(かな)わぬ凄腕の剣士となっていた。


 さらにその後も剣の研鑽(けんさん)を重ね続けたアルスは、ついに十七歳の誕生日に一大決心をする。


 ローエングリン教皇国軍への入隊を志願したのである。


 両親は初め、アルスの決断に対して反対の姿勢を示した。


 しかし近年ローエングリン教皇国においては、近隣国との小競り合いとしか呼べないものはあっても、大きな戦ともなれば遥か五十年も前に(さかのぼ)るためか、国内のムードは完全に弛緩(しかん)しきっており、かなり平和ボケしている状態であった。


 そのためか両親もアルスの執拗(しつよう)な説得に遂に屈してしまい、入隊を許可することとなった。


 十七歳の誕生日からおよそ一ヶ月後、別れを惜しむ家族に見送られて生まれ育ったセムガ村を背にしたアルスの胸中は意気揚々であった。


 それもそのはず、彼は村では無敵であったのだ。


 掛かる者とてない存在であったのだ。

 

 それが彼の気をことさら大きくした。


 だが世の中は十七の若者にとって、そんなに甘いものでは無かった。


 意気軒昂だった彼の心が無残にへし折れるまでに掛かった時間は、入隊日より数えてわずか一週間ほどであった。


 なぜならばローエングリンは大国であった。


 いかに研鑽(けんさん)を積んだとはいえ片田舎の若造が、ましてや自己流の剣技がいきなり通用するほどこの大国は甘く無かった。

 

 だが一旦は心折られたアルスであったが、若さゆえかすぐさま彼は立ち上がった。


 そしてかつて兄たちに軽くいなされていた頃に思いは立ち戻り、心新たに再び剣士への道を歩みだしたのであった。


 それはとても長く厳しい道のりであったといえる。

 

 だが彼の心が折れるようなことはそれからもう二度となく、地道に一歩一歩着実に歩みを進めた。


 そして十有余年の歳月が流れた。


 アルスは若き日に心に抱いた錬達(れんだつ)の剣士となる思いを叶えていた。


 栄えある親衛隊への入隊を許され、ついにはその長となった。



 アルスは自らの長き歩みを闘いの最中に振り返り、今直面している危機を乗り越えられる大いなる自信と活力を得たのであった。



 2



 コリンは初撃が思いのほかうまくいったことに、内心驚いていた。


 対するアルスが深く動揺していたとはいえ彼は剣の達人であり、そう簡単に手傷を負わせられる相手とは思っていなかったのだ。


 そのため、錬達(れんだつ)のアルスに深手を負わせられたことにコリンの心は若干うわずり、それと同時にその剣もまた鋭さを欠いた。


 結果、それ以降専守防衛を覚悟したアルスの防備を崩すことがなかなか出来ずにいた。


(くそっ!あと一太刀、あと一太刀がなぜ入らない!?)


 何十合となく刃を合わせるも一向に効果的な斬撃を打ち込めずにいるうちに、コリンは次第に不安に駆られるようになっていった。


 そして、あと何十合、いや何百合と打ち込んだところで無駄なのではないかという思いに(とら)われるようになった。


 それはさながら手負いの蜘蛛を食ってやろうと喜び勇んで飛び込んだ蟷螂(かまきり)が、知らず知らずの内に蜘蛛の糸に囚われて動けなくなった様をコリンに想起させた。


 (だめだ!入らない!くそっ!なぜなんだ!?)


 そんなコリンの焦燥(しょうそう)は、剣を交えるアルスに敏感に伝わった。


 アルスはそもそも百戦錬磨であり、心を落ち着かせた今となっては若いコリンの一挙手一投足から感情を読み取ることなど造作も無いことであった。


 しかしアルスの受けた傷は相当に深いものであったため、いまだ完全には呼吸は整えられておらず、逆撃の態勢に入るまでには(いま)だ至ってはいない。


 それでもコリンの顔に浮かんだ焦りの色はいや増すばかりであり、素人目にはコリンの圧倒的優位と見えたこの勝負の行方は、玄人目にはアルスへと大きく傾いていった。


 手負いながらもその頑丈な顎に強力な毒を隠し持つ毒蜘蛛と、内心の焦燥を覆い隠して勇猛果敢に鎌を(たけ)り振る若い蟷螂の命を削るつばぜり合いは、もうまもなく決着の時を迎えようとしていた。

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