第五十一話 激突
1
この間、ロンバルドは只ひたすらに沈思黙考していた。
彼はコリンたちの蜂起を半ば胡乱な状態で聞いていたといえる。
では一体何が彼の思考を支配していたのであろうか?
それは彼の背後に静かに潜むシェスターのことであった。
なぜシェスターは危険を冒してゴルコスを暗殺したのか?
もっと穏便な事態の解決策はなかったのか?
そして今この時をどの様な手段で解決するつもりなのか?
ロンバルドには解っていた。
シェスターが何を考え、ゴルコスを暗殺したのかを。
そして今ここにある危機をどの様に解決するつもりなのかを。
だからロンバルドは思考する。
シェスターの考える解決法とは別の方策を。
シェスターの取るであろう恐るべき解決策を未然に防ぐ、そのために。
2
鈍く輝く五本の刃を向けられ、アルス隊長は大いにたじろぎ、思わず後方に一歩大きく右足を退いていた。
ロンバルドはそんなアルスの左肩を、大きく逞しい右手で力強く掴み、それ以上彼が無様な姿を晒すことがないようにしっかりと支えた。
そして大きく一歩前に右足を力強く踏み出して言った。
「コリン君だったね。確かに君の言うとおり我々は不正義を行った。だが考えてもみてほしい。そもそも我々がゴルコス将軍に刃を向けて脅迫したのは、君たちの同胞をむざむざと死なすわけにはいかないと考えたからだ。だが将軍の人となりを鑑みれば、脅迫行為を行った時点で我々の進退は窮まったと言えるだろう。もちろん私個人がどうなろうと一向に構わない。だが私個人だけではなく、我が祖国ヴァレンティン共和国ごと叩き潰すと将軍は言われた。そうとなれば話は別だ。ヴァレンティンに累が及ぶ事態だけはなんとしても避けねばならなかった。となれば為すべきことは一つだ。シェスターは、本来ならば私が責任を持って為すべきことを、私に成り代わって為したのだ。私と……祖国を護るために」
コリンは、ロンバルドの長広舌の邪魔を一切せず、最後まで聴き終えてから静かに語りだした。
「シュナイダー審議官、我々が問題にしているのはそこではありません。いや、無論あなた方は将軍暗殺の実行犯ですから捕らえさせていただくが、あなた方を裁くのは我々ではなく我が国の司法です。なぜ、どうして将軍を暗殺したかについては司法の場で改めて申し開きをしてください。我々はあなた方を尋問する気などさらさらありませんから。我々がすべきなのは、只粛々とあなた方を首都オーディーンへと連行することなのです。にもかかわらず……その義務を放棄した者がいるのです」
コリンはそこで一旦言葉を区切り、その舌鋒をロンバルドから別の人物へと向きを変えた。
「隊長、あなたです。先ほども申し上げたとおり、あなたはご自分可愛さのあまり責務を全うせず、真実を捻じ曲げようとした。責任者たる者の資格はありません。ですから我々はあなたを逮捕します」
するとそこで副長のゲッツが異議を唱えた。
「ちょっと待てコリン!貴様、平隊員の分際で隊長に何てことを言うんだ。大体お前にそんな権限があるものか!」
「ええ、私にはありません。ですがエドバーグにはありますよ。彼は隊の最古参です。最古参の者は、隊長及び副長に不測の事態が起きた場合、隊長代理になると定められています。そして現在その不測の事態が起きているわけですからエドバーグが隊長代理としてあなた方を逮捕する義務があるというわけですよ」
「な、なんだと!?私も逮捕する気か!貴様!」
「ええ、そうですよ。あなたと隊長、シュナイダー審議官とシェスター参事官、それにアンヴィルのロトスの計五名を逮捕します。そうだなエドバーグ?」
「ああ、その通りだ。おとなしくお縄につくならよし。だがもしも抵抗するならば……斬る!」
エドバーグは言うや剣を握る手に力を込め、今にも飛び掛らんとするかの如く前のめりの姿勢となった。次いでコリンたちも同様に前のめりとなって臨戦態勢となった。
「待て。アルス隊長は保身の為にした訳ではない。人道的見地に立っての行動……」
ロンバルドはなんとかこの場を収めようと必死で言葉を継ごうとしたが、エドバーグがそれをさせなかった。
「問答無用!いくぞ!」
エドバーグの号令一下、五人は前もって割り当てられていたそれぞれの敵に向かって、踊るように飛び掛った。
リーダーのエドバーグは、因縁の相手たる副長ゲッツに。
智勇兼備のコリンは、隊内最強の剣の達人アルス隊長に。
巨大な戦斧を軽々と振り回す豪腕ガンツは、怪力を持って名を馳せるアンヴィルのロトスに。
そして謎多き兄弟ロムス・バッカスとその弟レムルス・バッカスは、それぞれロンバルドとシェスターに。
鬱蒼と生い茂るルーグの森の奥深く、古代タミール族が奉った神々の宿る大樹の下で、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた。




