第五百十九話 生気を失う
「……コ、コリン……」
アルスは思わず虚ろな表情で呟いた。
すると突然アルスの膝がガクンと折れ曲がり、大きな音を立てて証言台や椅子にぶつかりながら床に崩折れた。
「大丈夫か!?」
辺りは一瞬にして騒然となり、検事たちが慌てて崩折れたアルスの傍へと近寄っていった。
「……大丈夫……だ……」
アルスは目が泳いだような虚ろな表情のまま、ゆっくりと身体を起こして消え入りそうな声で呟いた。
「……本当か?本当に大丈夫なのか?おい!しっかりしろ!」
アルスの表情があまりにもひどいものであったため、コッホルはアルスの言葉を鵜呑みにできず、何度も声をかけて確認した。
「……大丈夫だ……」
アルスは表情はそのままにゆっくりと立ち上がろうとする仕草を見せるも、身体は老人のようにヨロヨロと揺らいでいた。
コッホルはその様子を見て、咄嗟にアルスの腰に腕を回し、両手で持って力一杯引き上げた。
そうしてようやくなんとか立ち上がったアルスであったが、目は虚ろなままに呆然とした表情を浮かべていたため、コッホルは思わず大きな声で裁判長へと訴えざるを得なかった。
「裁判長!休廷を願います!」
裁判長はアルスの尋常ならざる様子を見て大きくうなずき、休廷を宣言するためにその口を開きかけたその時、なんと先程まで虚ろで生気を全て失ったような表情を浮かべていたアルスが、裁判長の機先を制するかのごとく先に口を開いたのであった。
「いや!ちょっと待ってください!……大丈夫……わたしは大丈夫です……」
アルスの顔色は生気を失い青ざめたままであったものの、その目はしっかりとした意思を宿した力強さがあった。
そのため裁判長は、口の端まで登っていた「休廷」という宣言を飲み込んだ。
「……続けても大丈夫なんですね?アルス証人」
裁判長の優しげな物言いに、アルスは大きくうなずいた。
「はい。ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
アルスは力強くそう言い放つと一度大きく息を吸い込み、胸を大きく反らせて体いっぱいで深呼吸をした。
そして口をすぼめて肺に溜まった沢山の空気を一斉に吐き出すと、少しスッキリとした表情となって弁護側席に身体を向けて深々とお辞儀をしたのだった。
アルスは数秒間頭を下げ続け、ようやく頭を上げたかと思うと、何とも言えない表情を浮かべながら弁護側席を見つめた。
アルスの視線は、ロンバルドでもシェスターでもなく一番右端のオルテスにのみ向けられたものであり、その視線の先のオルテスもまた、何とも言えない微妙な表情を浮かべながら、その視線を真正面からしっかりと受け止めるのであった。




