第五百二話 足掻く
1
「受け取れ。これで全部だ」
検事正のコッホルが、アルスに関する書類をロンバルドの目の前の机にどさっと叩きつけるように置いた。
するとロンバルドはその書類を手に取り、パラパラとめくりながら静かな口調で言った。
「なるほど、これでそちらは手の内を全て晒したというわけだな?」
「ふん!まるでそちらはまだ奥の手を隠し持っているとでも言わんばかりの口ぶりじゃないか」
「別にそういうわけではないがね」
「まあそうだろうな。これで貴様らは終わりだ。首を洗って待っているといい!」
コッホルはそう言い捨てると、踵を返してさっと立ち去っていった。
ロンバルドはその背をぼんやりと眺めつつ、傍らのシェスターへと話しかけたのだった。
「……参ったな。アルス隊長が現れるとは思ってもみなかったぞ……」
「ええ、それにどうやらエル様の魔法は解けているようですし……」
「ああ、あれはどう見てもそうだろうな。まさかエル様のかけた魔法を解く者がローエングリンにいたとは……」
「本当に……いくら大国とはいえ、エル様は神の眷属。その方の魔法を解くというのはいかな大魔導師であっても不可能事だと思っておりましたが……」
「ああ、俺も同感だ。だが実際アルスの様子を見ればどう考えてもあれは解けていると判断するしかないようだ」
「そう……ですね……」
「だがこうなると……我らの進退は極まったかな?……」
「いえ、それはまだ早計というものでしょう」
「まだ何か手はあるか?」
「今のところは……ですがまだ諦めるのは早いですよ。なぜならばまだ我らは必死に足掻いてはいない!」
「そうだな。お前の言うとおりだ。まだ我らは精一杯足掻いたと言えるまで足掻いてはおらんな。ならば足掻こうではないか!なぜならば幸運とは足掻いた者の頭上に雷鳴の如く降り注ぐものなのだからな!」
2
「お待たせした。それでは開廷します」
裁判長が振り下ろした小槌の音が響き、ロンバルドたちの新たなる戦いが始まった。
するといきなり検事正のコッホルが発言権を求めて高らかに右手を上げたのだった。
「よろしい。では検察の陳述から始めるとしましょう」
裁判長に促され、コッホルは声を多少上ずらせながら礼を述べた。
「ありがとうございます!」
コッホルは先ほど裁判長の心証をだいぶ悪くしてしまったことの自覚があるためか、深々とお辞儀をしてあからさまにご機嫌を取ろうとしているようであった。
するとそれを見たロンバルドが侮蔑の視線をコッホルへと送った。
「ふん!わざとらしい奴だ。ご機嫌取りの米つきばっため!」
すると傍らのシェスターも同調した。
「およそ検事というのも役人ですからね。上役にゴマをすることには慣れているのでは?」
「それだな!きっと奴はそれで検事正になったに違いない」
ふたりの声は殊のほか大きく、一番近い証人席に立つアルスの耳にしっかりと届いた。
するとアルスは二人のやり取りに思わずクスリと笑みをこぼした。
するとそれを、偶然正面を向いたロンバルドが目撃したのだった。
ロンバルドはアルスの微笑みを見てなにやら不思議な思いに駆られたものの、その時はそれがなんであるか判らなかったため、ただそっと受け流したのであった。




