第四十八話 反逆の芽吹き
「おーい、なに呆けているんだ?コリン」
いつも陽気なエドバーグに突然声をかけられ、思索に耽っていたコリンは思わずビクリとした。
「いや別に呆けているわけじゃないさ。ただ考え事をしていたんだ」
コリンは同輩ながら年長のエドバーグをいつも頼りにしていた。
というのもコリンの親衛隊内における評判は、その堅物すぎる性格のためかあまり芳しくなく、唯一の友人といえるエドバーグの存在だけがコリンの隊内における孤立化をかろうじて防いでくれていたからであった。
誰にでも陽気に話しかけ誰からも好かれるエドバーグは、隊内においては隊長に次ぐ発言力を持っており、そんなエドバーグがコリンを友と呼ぶため、他の隊員たちも渋々コリンを仲間の輪の中に入れているというのが現状であった。
「ふーん。どうせまた小難しいことでも考えていたんじゃないのか?」
多少冗談めかしてエドバーグは言った。
だが実のところエドバーグは、そんな堅物といわれ仲間から忌避される存在のコリンを心底では尊敬していた。
なぜならば人柄においては人後に落ちないエドバーグではあったが知力や剣技は平均的なものであり、方やコリンは優秀な人材がそろった親衛隊内においてもずば抜けて頭脳明晰にしてなおかつ剣の腕前も隊長に次ぐといわれるほどだったからである。
故にエドバーグは隊内で孤立しかかっていたコリンを友と呼び親しくしていたのであった。
つまり両者はお互いにないものを相手に見出し補い合う、補完関係であったといえた。
「まあ、そんなところだよ」
「ふーん。一体なにを考えていたんだ?」
エドバーグの問いにコリンは一瞬躊躇したのか、ほんのわずか間を空けてから答えた。
「……先刻の将軍暗殺事件についてさ……」
その瞬間、エドバーグは慌てて周囲を見回し誰かに聞かれていないか確認したが、幸い二人は隊の最後列を歩いており前を歩く者とは若干距離が開いていたため、エドバーグはほっと胸を撫で下ろした。
「おい、滅多な事を言うなよ。そんな事件は無かった。先刻皆でそう確認したばかりじゃないか」
エドバーグは前を歩く者との距離をさらに開けるため歩く速度を弱めつつ、コリンに対し念には念を入れて声をひそめて言った。
「ああ、確かに先刻は俺も思わず同意してしまったさ。だがやはりこれは道理に外れた行為だ」
「まてまて、道理に外れた行為だって?それは今まで俺たちが散々っぱら見てきたゴルコスのやった行為のことだろうな?奴が現教皇の権威を笠に着てやってきたことは人倫にもとる行為だった。奴は唾棄すべきケダモノだった!いやケダモノ以下だったぞ!」
「だが将軍だ。そして俺たちの上官だ」
「奴は人間じゃない!」
「かも知れん。だがそれを裁くのは俺たちじゃないはずだ」
「別に俺たちが裁いたわけじゃない。裁いたのは彼だ。ヴァレンティンのシェスターだ」
エドバーグは遥か前方を歩くシェスターを顎で指し示して言った。
「いや違うな。彼は裁いたわけじゃない。彼は将軍の罪を裁こうとして殺した訳ではなく、彼の道理に従って彼の上官を護るために暗殺者となっただけだ」
「じゃあ、裁いたのは誰だって言うんだ?」
「だから先刻言ったろ?裁いたのは俺たちだ。将軍暗殺を阻止出来なかったからじゃないぞ。俺たちが暗殺者の罪を赦してしまった瞬間、俺たちは将軍の罪を勝手に裁いてしまったんだ」
「どういう……意味だ?」
「なぜ俺たちは暗殺者を赦してしまったんだ?上官を目の前で殺されてしまったんだぞ。普通なら激怒して皆でよってたかって切り刻むか、憤怒を押し殺して吊るし上げるところだ。だが俺たちはそうしなかった。なぜだ?」
「それは……つまり……あいつは、ゴルコスの野郎は殺されたって仕方のない奴だからだ!」
「そうだ。俺たちは、そう勝手に判断してしまったんだ。つまり俺たちは裁いてしまったんだよ」
困惑しているエドバーグをよそに、コリンは長広舌を続けた。
「いいか?あの時俺たちは五千人の友軍を救うための狼煙を上げることが出来て浮かれていた。ゴルコス将軍配下となってからというもの、これまで他人のために役に立つことなど一切させてもらえなかったからな。だから俺たちは浮かれていたんだ。そこへあの突然の暗殺劇と演説だ。俺たちは易々と護衛対象を暗殺されてしまったことへの責任から逃れたいという思いも手伝って、完全にあの場の空気に呑まれてしまったんだ。そして俺たちは協議の上で暗殺事件そのものを無かったことにしてしまった。ゴルコス将軍は千年竜の襲撃によって亡くなったことにして……」
「空気に呑まれた……」
「ああ。将軍はたしかに非道極まる人物だった。エドバーグが言うようにケダモノ以下かも知れない。だが俺たちの本分は将軍の護衛なんだ」
「それはそうだがコリン、奴は自分が助かるために五千もの同胞を死地に追いやろうとしたんだぞ?これは大変な利敵行為であり売国的行為だと皆で話し合った際にお前も同意したじゃないか」
「ああ、たしかにそうだ。五千人の同胞があのまま千年竜によって全滅していたら国家にとって重大な損失だった。将軍はそれを意図的に行おうとしたのだからあれは当然利敵行為であり売国的行為だと俺も思っている」
「ならば!」
「だが!だからといって俺たちにはそれを裁く権利は無いんだよ!それをするのは司法であって俺たちじゃない。俺たちがすべきなのは暗殺者たるシェスターを拘束し、ゴルコス将軍と共に司法の場へ送ることなんだ」
「しかし……」
エドバーグは両手で顔を覆い、小刻みに震わせながら煩悶した。
コリンはそんなエドバーグの肩を抱き寄せ、耳元で静かに囁いた。
「思い出せエドバーグ。あの時、誰が真っ先に暗殺事件を無かったように仕向けたのか」
「……誰だ?」
「隊長さ。隊長が緊急避難だといってシェスターの暗殺行為を正当化したんだ」
エドバーグは顔を覆った手をさらに小刻みに震わせつつ、必死に記憶を辿った末、遂に行き着いた。
「ああ……そうだった……確かにそうだった」
「なあエドバーグ。なぜ隊長はあんなに早く正当化したと思う?……それはな……暗殺を阻止できなかった最大の責任者が隊長だからさ」
その瞬間、それまで手で顔を覆っていたエドバーグが、はっと顔を上げた。
「そうか!俺たちにだって責任はあるが、まず真っ先に責任を取らされるのは隊長だ」
「ああ、そうさ。つまり隊長は自らの責任逃れのためにヴァレンティンのシェスターを擁護したってことさ」
「俺たちは隊長に乗せられたのか?コリン」
「そうだ。その結果俺たちは道理に反する行為をしてしまった。だから!本来あるべき形に戻さなきゃならないんだよ!エドバーグ!」
「なにをするんだ?」
「決まってるだろう?シェスターと隊長を捕らえて司法の場へと送るのさ!」




