第四百八十六話 隠し窓
1
「待たれよ!弁護士不在で開廷するなど聞いたことがない!」
ロンバルドはたまらず立ち上がって叫んだ。
すると傍らのシェスターもまた勢いよく立ち上がり、抗議の声を上げたのだった。
「その通りだ!もし仮に我々が弁護士資格を持っており、弁護士は不要だと言ったとしたなら話は判る。だが我々は弁護士資格など持ってはいないし、弁護士は不要だなどとも一言も言ってはいない!今先ほど副長官が仰ったように我々は弁護士の到着を今か今かと待っていたところなのだ!にもかかわらず弁護士不在のまま開廷するとはどういうことだ!?」
二人の怒号のような抗議にもかかわらず、裁判官たちは顔色一つ変えずにただじっと静かに座っていた。
すると中央に座る裁判長が、再び重々しい口調でもってロンバルドたちに宣告をした。
「今一度言う。いかなる理由があろうとも、すでに定刻を過ぎておる。よって本法廷を開廷する」
裁判長はそう言うと再び手に持った木槌を力強く振り下ろした。
「そんな馬鹿な!!」
ロンバルドが今一度抗議の声を上げるも、裁判長は一切聞く耳を持たずに訴状を読み上げ始めた。
するとシェスターが喉の奥からようやく絞り出したような声で呟いた。
「……これは……困りましたね……」
するとロンバルドも同じように必死に声を絞り出して言ったのであった。
「……ああ、これは……困ったぞ……」
すると裁判長が訴状読み上げを終え、手元の訴状から視線を上げて二人の顔を見やった。
そして二人に対して被告席へ移動するよう強い口調でもって告げたのだった。
「被告人は前へ!」
2
「くくくく……ロンバルド・シュナイダーめ、色をなして怒っておるわ」
レノンは、裁判官たちの斜め後方にある部屋の隠し窓から法廷を覗き込み、骨に皮をかぶせただけではないかと思わせる程の痩せた相貌で薄気味悪く笑った。
するとその傍らに立つ、中肉中背でありながらもその体に纏った筋肉が極めて上質そうな男が低い声で尋ねた。
「……傍聴席でご覧になられないので?……」
「傍聴席からでは奴らの背中しか見れんではないか。それでは面白くもなんともない。ほら、ここから覗いてみろ。奴らの顔がよく見えるぞ」
「……なるほど……レノン殿は大層シュナイダー殿に遺恨があられるのですな?」
「……あるな。だいぶある。だがそれはお前も同様ではないか?」
「……いや、わたしは特に……」
男は目を伏せて静かにうつむいた。
するとレノンが男に対して追い打ちをかけるように問い質した。
「ならば何故お前はここにいる?奴らに恨みがあるからここにいるのではないのか?」
「……恨みは……ありません……ただ……いえ、なんでもありません……」
するとレノンは、ふんっと一つ鼻息を鳴らして言った。
「……まあよいわ。お前がシュナイダーをどう思おうがそれはどうでもいいこと。ただやるべきことだけやってくれればそれでよい……」
レノンはそう言うとにやりと笑い、再び隠し窓から法廷を愉快そうに覗き込むのであった。




