第四百七十九話 敵意
1
「……これは驚きましたな。元老院をヴァレンティンの政体にとって不必要な機関であると長官は仰るので?」
ボレローは実に怜悧に響く声音でもってミュラーに一歩詰め寄った。
だがミュラーはまったく動じることなくボレローを睨み返した。
「それ以外に聞こえたかね?」
「……どうやら長官は元老院に対して敵意をお持ちのようだ……」
「ふん。それはお互い様だろう。貴君は修行が足りんよ。そうも端から敵意むき出しでは……な?」
「わたくしが?わたくしは皆様方に対して敵意など持ち合わせてはおりませんが?」
「ならばそう言っておけ。わたしはこれ以上貴君の相手をするつもりはないし、元老院の相手もするつもりはない。なぜかわかるか?」
「はて……なぜでしょう?」
「時間の無駄だからだよ」
「……ほう。わたしに対してはともかく、元老院に対しての度重なる無礼な言動……無論、報告させていただきますよ?」
「勝手にしろ」
ミュラーは短くそう言い捨てると、すぐさま踵を返して歩き出した。
するとロンバルドたちもミュラーがそろそろ動き出すことを予期していたのか、ほぼ同じタイミングで動き出し、三人は一糸乱れぬ歩みでボレローたちの前から立ち去ったのであった。
2
「ふむ。いらぬ敵を作ったかな?」
三人は用意されていた被告人控え室に入室すると、とりあえず部屋の中央に備え付けの対面する二脚のソファーにそれぞれ腰を下ろした。
そしてミュラーが対面に座った二人が落ち着いたのを確認すると、すぐさま先程の玄関先でのやり取りについてロンバルドに問うたのだった。
するとロンバルドが、大きくゆっくりとした動きで首を横に振りながら答えた。
「いえ、長官の仰るとおりボレローは当初より我らに対しなんらかの敵意を持っていました。つまりいらぬ敵を作ったわけではなく、そもそも敵だったというだけのこと。長官がお気にされることではありません」
するとロンバルドの傍らのシェスターが言葉を継いだ。
「ええ、そもそも元老院は主だった貴族によって構成される機関です。ですから貴族でないにも関わらずヴァレンティン一の名家と謳われるシュナイダー家に対して含むところがある者が多いことは、ヴァレンティンに住まう者ならば誰もが知るところ。元老院があのような者を送ってきたのも言ってみれば至極当然の成り行きかと」
するとミュラーが威厳たっぷりに大きくうなずいた。
「もはや元老院は無用の長物となりつつある。すでに国政はそのほとんどを評議会と内閣が担っており、元老院の出る幕などほとんどないと言える。だが……いまだ陰で隠然たる力を持つ者がいるのもまた事実。油断は出来んぞ?」
ミュラーは静かだが実に厳かな声音でそう言った。
二人は無言のまま、大きくゆっくりとうなずいたのであった。




