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転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~  作者: マツヤマユタカ
第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~
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第四十一話 開宴


「おい貴様ら!レイダムの援軍が今にもここエスタに到着しつつあると言うのに、我が国の援軍はいまだ影も形も見えないとはどういうわけだ!」


 ローエングリン教皇国第七軍団軍団長バルク・ゴルコス将軍の怒声が本陣幕舎内に鳴り響いた。


 でっぷりと肥え太った体躯(たいく)の上にガマガエルのような顔が乗っているという特異な容姿の上、声までガマガエルのような濁声(だみごえ)で怒鳴り散らしているため、本陣幕舎内の不快指数は極めて高い数値を(はじ)き出しているようで、御付の近衛兵や給仕役の少年兵たちの顔にはうんざりとした表情が浮かんでいた。


 しかし将軍の傍らにいるレノンのみは一人涼しい顔つきで、将軍のお説ごもっともといった風情で目を閉じながらうなずきつつ聞いていた。


 だがそんなレノンには一切構わずゴルコスは怒りの独演会を続けた。


「まったくなにを考えておるのだ教皇庁の者どもは!レイダム軍は休暇中の二軍団を緊急招集してここエスタに向けて進軍しておるというではないか!今エスタ東岸に布陣しておる奴らと合わせれば三軍団だ!それを我が第七軍団だけで迎え撃てと言うつもりなのか奴らは!」


 そこで一息ついたゴルコスの間隙(かんげき)をぬって、すかさずレノンが神妙な顔つきで発言した。


「さても面妖なことでございます。わたくし将軍閣下の命を受け、再三再四首都オーディーンへ援軍要請を致しておりますが、いまだ返事はなしのつぶてでございます。我が軍は常に四軍団が休息しておりますれば、全四軍団とは言わないまでもせめてレイダム同様二軍団は緊急招集の上、援軍として派遣していただかなくてはここエスタの地を守ることなど到底出来ませぬのに」


「当然だ!三軍団を相手に一軍団のみで戦うなど正気の沙汰ではない!一万五千対五千だぞ!さすがのわしでもどうにも出来ん!こんなことはそこらで(はな)を垂らしておる(わらべ)でも分かるようなことだというのになぜそれが首都の連中には分からんのだ!」


 するとそこへ急使が飛び込んできた。


「ただ今エスタ東岸に大きな砂塵(さじん)が巻き上がっております!おそらくレイダムの援軍が到着したと思われます!」


「なんだと!」


 言うやゴルコスは巨体を揺すってあわてて幕舎の外に出た。そして背後からレノンが差し出した遠眼鏡(とおめがね)を構えてエスタ東岸を覗き見た。


「なんということだ!レイダムの奴らなんと早い!早すぎるぞ!それに比べて我が軍は……レノンよ!今一度援軍要請を!いやお前自身が出向け!そして必ず援軍を引き連れてまいれ!よいな!」


「はっ!将軍閣下のご命令確かにこのレノンが承りました。必ずや援軍を引き連れて参りますゆえ、どうかそれまでご辛抱を」


 そう言って深々と頭を下げたレノンの顔には恐ろしく引きゆがんだ笑顔が張り付いていた。



 2



「レイダムの援軍が到着したか」


 エスタ南岸の監視団本部にそびえ立つ見張り塔から、遠くエスタ東岸を眺めつつロンバルドは深く嘆息した。


 傍らのシェスターは先程から右手を軽く握って口元にあて、伏し目がちに沈思黙考(ちんしもっこう)していたが、ロンバルドの言葉に反応してようやくと重い口を開いた。


「ええ。それに対してローエングリンにはいまだ援軍が現れておりません。これは一体どういうことでしょうか?今回の一件を仕組んだのがローエングリン側だとすれば、真っ先に援軍が到着するのはローエングリン軍のはずです。しかし一向にその姿を見せず、先にレイダム軍が到着するとは……」


「ああ。仕組んだのがレノンなのか教皇なのか、はたまた別の誰かなのかは判らぬが、ローエングリン側であることは間違いないと思ったのだが……このままでは三対一だ。よほどのことがない限りレイダム側が苦もなく勝利するだろう。ローエングリン側になにか不測の事態でも起きたということなのであろうか……」


「もしくはなにか秘策でもあるのか……」


「秘策か……どんな秘策が考えられると思う?」


「皆目見当も付きませんね。三対一の状況を(くつがえ)すなんてのはそう簡単に出来っこないですからね」


「ああ、戦争の優劣はほとんど数で決まると言っていい。まれに優れた戦術家の奇策で(くつがえ)ることもあるが、そんなことはあくまでまれにしか起こらない。大概、大軍は寡兵(かへい)に勝るものだ」


 そこでシェスターは何かを思いついたのか一瞬ハッとした表情を浮かべ、次いでなぜか苦笑をしつつロンバルドに問いかけた。


「それでは……魔導師(・・・)はどうですか?魔法士(・・・)の場合は幾ら熟練の手練れであっても精々百人力というところですが、魔導師ならば千人力位の力を持つものがいると聞いていますが?」


 シェスターの問いかけに、ロンバルドもなぜか少し気まずそうに答えた。


「ああ、まあそうだが。それでも千人力だろう?一万の兵力差を(くつがえ)せるものではないさ。それがいかに伝説級の魔導師であったとしてもだ」


「確かに。さすがに一万の差はいかんともしがたいですね。それではローエングリンの秘策がいかなるものなのか、それともなにか不測の事態でも起きたのか、ふたを開けてみるまでは分かりませんね」


「ああ。残念ながらそのようだな。こうなっては事態の推移を見守るしかない」


 ロンバルドは視線をシェスターから再び見張り塔の窓に移し、眼下に広がる到着したばかりのレイダムの援軍が陣形を整えつつある様を見てまた一つ嘆息した。



 3



 緊急の援軍要請のため首都オーディーンへ向かって陣を発ったはずのレノンが、エスタよりわずか一(キルクル)ほど西にある小高い丘の上から悠長にエスタを眺めていた。


 【注】一キルクルはおよそ一キロメートル


「そろそろ頃合いだな。カルミスよ」


 するとレノンの右肩辺りの空間が蜃気楼のように揺らめいた。


 そしてゆらゆらと揺れるそのなにもない空間から、姿なき声が応えた。


「……はい。それでは計画を発動いたします」


 レノンは満足そうにうなずいて言った。


「うむ。楽しみにしているぞ」


「……はい。それではこれにて……」


 すると空間の揺らめきが徐々に収束し、(しま)いにはただの空間へと戻った。


「楽しみだ。実に楽しみなことだ。……シュナイダーもゴルコスもレイダムの奴らも皆……」


 レノンは軽く舌なめずりをしてほくそ笑んだ。


 しかしその笑みは次第に小さな笑い声となり、次いでその声は徐々に大きくなっていくと、遂には高らかにさらに大きく哄笑しだしたのだった。



 4



「うん?あれはなんだ?……霧なのか?」


 ロンバルドたちはレノンの動向を探ろうと、ローエングリンの陣営前に来ていた。


 そこで西の方角から迫り来る真っ白な霧のようなものを遠くに発見した。


 それは大変広範囲に広がっており、渦を巻きながら非常に早い速度でローエングリン陣に迫ってきていた。


「……違う!これは……魔法だ!」


 ロンバルドが叫んだのもつかの間、瞬く間にそれはローエングリン陣を包み込み、さらにアルターテ川の上をすべり、対岸のレイダム軍までを覆い尽くした。


「魔法!これがですか?」


 手を伸ばせば届く距離にいるはずのロンバルドがぼんやりとしか見えないくらいの濃い霧の中でシェスターが叫んだ。


「ああそうだ。前に一度見たことがある。これは魔法で作り出された霧だ!」


「……もしや毒霧じゃないでしょうね?」


「それは大丈夫だ。身体に害はない……と思う」


「と思う、じゃ困るんですがね……でもどうやら大丈夫みたいですね。問題なく呼吸できてますし」


「ああ。どうやらそのようだ」


 するとシェスターがはっと気づいた。


「そういえば軍事衝突が起こった当日はとても深い霧に包まれていたと言っていませんでしたか?もしやあの日の濃霧も……」


「恐らくそうだろう。ならば……この後何かが起きるはずだ!」


「ええ。そうでしょうね。しかし一体なにが起きるのか……」


 ロンバルドたちは濃霧の中で十分ほどのじりじりとした時間を過ごした。


 するとにわかに視界が開けてきた。


「うん?……霧が薄くなってませんか?」


「……ああ。そのようだ。……まったく、一体なにがしたいんだか……」


 するとアルターテ川を挟んだ向こう岸のレイダム陣から、突然幾条もの(まばゆ)い光線が天に向かって立ち昇った。


 初めは十本ほどの光線だったが、時間がたつにつれ本数を増し、いつの間にやら巨大な光の球体となってエスタ全体を包み込んでしまった。


 当然、ロンバルドたちも眩い光の真っ只中にいた。


「今度は光か!一体なんなんだ!全く見えん!いるのかシェスター?」


「ここにいます。と言っても見えないでしょうがね」


「こんな時にも落ち着いているとは大したものだ。さすがだな」


「いやいや、これでも内心かなり動揺していますよ。こんな光は初めて見ましたからね。先程の霧同様にこの光も魔法で生み出されたものですかね?」


「わからん。だがどうやらこの光も霧と同様、身体に害はなさそうだ」


「本当になにがしたいんですかね……ああどうやらこの光も消えそうですよ」


 シェスターの言葉通り、光は次第に勢いを失っていった。そして完全に失われていた視界が徐々に戻ってきた。


 すると対岸の光が発生した付近から突如として悲鳴が上がった。


 悲鳴は初め数人が上げたものであったが、すぐに十人二十人と増え、瞬く間に百人二百人と連鎖的に増えていった。


 そして遂には阿鼻叫喚(あびきょうかん)と表現するにふさわしい物凄い数の男たちの悲鳴でエスタは包まれた。



 ロンバルドたちは慌てて振り向き、そして『それ』を見た。


 

 次の瞬間、『それ』は途轍もない大音声で天に向かって突然()いた。


 それは聞く者全ての心胆を寒からしめる啼声であった。


 ロンバルドは恐怖で打ち震えながらも必死で声を絞り出し、ようやく『それ』の名前を口にすることが出来た。



「…………千年竜(サウザンド・ドラゴン)!」



 今、恐怖の宴の幕が切られようとしていた。

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