第四十話 対決
「レノン司教、あなたがゴルコス将軍の参謀であったとは思いませんでしたよ」
ロンバルドの言葉には明らかな棘があった。
静かで柔らかな口調ではあるが、言葉の端々に鋭く冷たい、なにやら鋭利な刃物のようなものが見え隠れしていた。
「はははは。それをおっしゃるならばわたくしもシュナイダー殿がヴァレンティン共和国の使節としてこちらにお見えになられるとは思ってもおりませんでした」
レノンもまた、とても柔らかな物腰で返答していた。
しかしながら丁寧な言葉の裏に氷の刃がちらちらと顔をのぞかせているのは誰の目にも明らかであった。
そんな両者の言葉の応酬は随分と冷め切ったものであり、白々しい雰囲気を辺りに充満させていた。
そしてそれは両者の間柄を承知しているシェスターはともかく、そうでないロトスにとってはとても耐え難いものであった。
ゆえに彼は事情が判らないながらも両者の間に流れる不穏な空気を敏感に察知し、哀れにも両者の顔を交互に見つつおろおろと慌てふためいていた。
そして遂に彼は「それではわたしは失礼するでなっす」と消え入りそうな声で挨拶すると、おずおずと幕舎を出て行くはめとなった。
「エスタ占領時の手際、見事なものだったようですな」
満面に冷笑をたたえながらロンバルドが鋭く切り込んだ。
しかしレノンは大げさに手を振ってこれを受け流した。
「いえいえ、とんでもないことです。あれはもう混乱の極みというべきものでして、誰も彼もが興奮のるつぼに身を浸して狂乱の渦に巻き込まれ、ただただその身をゆだねるばかりというひどい有様でございました。とてもとても手際がどうというレベルの話ではございませんでした。まったくもってお恥ずかしい限りでございます」
「ほう。混乱の極み……ですか。わたしは混乱というものは秩序の無い状態をいうものだと思っておりますが、今回の貴軍の動きにはある種の秩序がある様に思えるのですがね」
「いえいえ、とんでもございません。あの混乱のさなかに秩序などといえるものなどまったくございませんでした」
「そうですかね。わたしには秩序があった様に思えますね。それは混乱に乗じてエスタを奪い取れという強い指向性を持った秩序です」
「それは……ゴルコス将軍閣下が発せられた突撃命令のことを言っておられるのでしょうが、しかしそれは穿った物の見方というものでございましょう。ゴルコス閣下はこの機に乗じてあわよくば……などと考えるお方ではございません。閣下は大変実直なお方でして、策を弄する様な事は一切致しません」
「ええ、そうでしょうね。将軍はそうでしょう」
ロンバルドは「将軍は」と言うところに力を込めて言い放った。
するとレノンは白々しくとぼけた顔をして言った。
「はて……それはどういう意味でございましょうか?」
ロンバルドは冷笑を浮かべていた先程までとは異なり、突き刺すような視線をレノンに浴びせかけつつ、意を決した顔つきで果敢に言い放った。
「策を弄するのは参謀の仕事だということですよ」
「はっ!何を馬鹿なことを!……いやこれは失礼いたしました。あまりのことについ取り乱してしまいました。どうかご容赦ください。しかしこれはいささか承服致しかねます。わたくしは閣下が突撃命令を下された際、全力でお止めしたのですよ。残念ながら聞き届けてはくださいませんでしたが……それなのにわたくしが閣下を誑かして命令を出させたかのようにおっしゃられるのは心外というものでございます」
「ええ、たしかにわたし共の駐留監視員も将軍が命令を下した時、周囲にいた方たちが慌てて止めようとしていたと申しておりました」
「では……」
「別段将軍を焚き付けなくともあの場に居さえすれば勝手に火をおこすであろうことは将軍の性格を考えれば自明の理。つまりあの場に将軍を配置し、事を起こせば必ず将軍は突撃命令を出すということです。そして一気呵成に攻め込む将軍を尻目に後方部隊を指揮してエスタを占領し陣を敷く。攻め疲れて将軍が戻ってくる頃には工兵部隊の手による堅固な砦がエスタに現れるという寸法です」
「何をおっしゃられるかと思えば……わたくしに将軍閣下をこの地に配置できる権限などあろうはずがございませんでしょう」
「ええそうでしょうね。しかし将軍を配置できる権限を持った方にこの策を吹き込めば可能でしょう?」
「はははは。よろしいですかシュナイダー殿。将軍閣下は第七軍団の軍団長であられると同時に、教皇庁においては枢機卿猊下であられるのですよ。つまり閣下を配置する権限をお持ちのお方はこの世にたったお一人しか居られないのですよ。ロンバルド殿はそのことを判っておいでか?」
「ええ判っていますよ。わたしはその上で言っているのですよ。なぜならばタイミングが良すぎるからです。ゴルコス将軍率いる第七軍団がエスタ西岸に配置されたのは今からわずか一月程前だと聞いていますが?」
「それは確かにそうです。しかし我が国では十二ある軍団の内、三分の二にあたる八軍団が各地に配置され、残り三分の一の四軍団は休暇のため解団しております。そして四ヶ月間の長期休暇を終えると配置されている八軍団の半分の四軍団と入れ替わりで配置され、また四ヶ月後に残りの四軍団と入れ替わるという一年三交替制を採用しているのです。ですから一ヶ月程前までエスタ西岸に配置されていた第五軍団と入れ替わりでそれまで休暇だった第七軍団が配置されたのは事実ですが、何ら意図的なものがあるわけではなく、通常の交替が行われたに過ぎないのです」
「それはそうでしょうが、休暇を終えた第七軍団がこの地に配置される確率は四分の一でしょう。そこに何らかの力が加わったのではないかとわたしは疑っているのですがね」
「シュナイダー殿!憶測で物を言うのも大概になされよ!さしも高名なシュナイダー家の方とは申せ、これ以上の讒言は許しませんぞ!」
普段は血色悪く青褪めているレノンの頬には、怒りのためか色鮮やかな朱がさしており、その目つきには憎しみの色が色濃く宿っていた。
そんなレノンの顔色を見て取ったロンバルドは勝ち誇ったようにニヤリと口元をゆがめて言った。
「そうですな。それでは今日のところはこれで失礼するとしよう。レノン司教、またいずれ……な」
ロンバルドは満足そうに微笑むと睨みつけるレノンを残し、颯爽と踵を返して幕舎を出て行った。
また、これまで一言も発せず見守っていたシェスターも、満足げな表情を浮かべてレノンに冷たい一瞥をくらわし、すぐにロンバルドの後を追って幕舎を出ていった。
幕舎内に取り残されたレノンは、二人が去った後もしばらくの間虚空を恨みがましくじっと睨み続けたのであった。
「言い過ぎたかな?」
ロンバルドは後ろに続くシェスターに問いかけた。
「多少……ですがまあ良いのでは?奴の顔色を見れば図星だったのは一目瞭然でしたからね」
「ああ、勢い込んで多少手の内を晒し過ぎたが、結果オーライというところかな」
「ええ、しかしそれにしてもやはり教皇がこの件に一枚噛んでいるようですね」
「ああ、野心多き人物だとは聞いてはいたが……もしかすると主犯かな?」
「さて、それは。……そうかも知れませんし、ただその野心をあのレノンに利用されただけなのかも知れませんし……現時点では判断付きかねますね」
するとそこへ、先程いたたまれずに一足先に幕舎を出たロトスが、大変暗い表情でおずおずと二人の前に進み出て、話しかけてきた。
「あんの~すみませんだなっす。大丈夫でしたなっすか?」
ロンバルドはこれ以上ないくらいの笑顔をロトスに向けて言った。
「ああ、ロトス君先程はありがとう。おかげで参謀殿と有意義な話をすることが出来たよ」
すると途端にロトスの顔がパーっと明るくなり、はじけんばかりの笑顔で言った。
「それは良かったなっす。実はさっき、なにやら訳もわからず逃げ出してしまったなっす。でもなにやら心残りで心配していたでなっす。だから良かったなっす。それではこれで失礼するだなっす」
言うやロトスはぺこぺこと頭を下げながら二人から離れていった。
ロンバルドたちは丁寧にロトスにお礼を言って、去り行くロトスに手を振ったが、結局姿が見えなくなるまでロトスはぺこぺこと頭を下げ続けたため、ロンバルドたちは彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けるはめとなった。
そして遂に完全にロトスが見えなくなってから互いの顔を見合わせて笑った。
「さてレノンの奴、どう出てくるかな?」
「さあ、まあお手並み拝見といきましょう」
「ああ、そうだな」
「それにしても今日の件で六年前の仇が取れるかもしれませんね」
「ああ、是非ともそういきたいところだ」
ロンバルドたちは悠然とした足取りで参謀幕舎より立ち去っていった。
「カルミス。……カルミスは居るか?」
幕舎内に一人たたずむレノンの問いに、低く暗いくぐもった声が応えた。
「はい、こちらに」
レノンにカルミスと呼びかけられた男は、声はすれども姿は見せなかった。
「カルミスよ。どうやらシュナイダーはかなり感づいているようだ」
「はい、どうやらそのようで……」
「例の計画、レイダム軍の配置が完了次第すぐにでも発動するとしよう」
「はっ。用意は整っております」
「例の子供……本当に大丈夫なのだな?」
「はい。なにぶん初めての事ゆえ、確約できるわけではございませんが、今のところ落ち着いてはいるようです」
「そうか。ではその時を楽しみにすることとしよう。あの生意気なシュナイダーめが、あれを見て一体どのような顔をするか、これは見物だぞ」
そしてレノンは幕舎内に響き渡るような高らかな哄笑を上げた。
それはいつまでも絶えることなく幕舎内に響き続けたのであった。
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