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第三話 発動

 1



母様(かあさま)、書庫に行って参ります」


 ガイウスは溌溂(はつらつ)とした声で母エメラーダにそう告げた。


「またお勉強?えらいのね。母様うれしいわ」


 我が子の勉学に対する向上心を喜ばない母親などいない。


 エメラーダは満面の笑みを浮かべながらガイウスを気持ちよく送り出した。



 ガイウスはつい先日、六歳の誕生日を迎えていた。


 彼は一歳の誕生日を迎えた頃には簡単な単語を発し、二歳の頃には意味の或る言葉を話していた。


 無論前世における知識を有していたため、本当のところは言語器官が発達した満一歳頃の時点で流暢に言葉を話すことも出来たが、気味悪がられるであろうことが想像できたため、彼は普通の赤ちゃんらしく振舞うように努めた。


 とはいえ明らかに平均的な普通の赤ちゃんよりも言葉を話し出した時期がかなり早く、さらに三歳になるのを前にして文字の読み書きが出来るとなれば、当然彼の扱いは「神童」というものであった。


 そのため普通なら子供の入るべき場所ではない書庫への入室も、六歳となった現在は許可されていたのだった。


 この屋敷に備わっている書庫は図書館並みの蔵書数を誇っており、いまだこの世界のことについての理解が十分出来ていたとはいえない彼にとっては最高の環境といえた。


(さて……今日はどの辺の本を(あさ)るかな……)


 ガイウスは屋敷の西の離れにある、中央吹き抜け構造の三階建ての巨大な円形書庫に足を踏み入れ、数千はあるかという歴史を感じさせる重厚な色合いの書架に納められた優に十万冊はあるであろう高級そうな装丁の書籍群をひとしきり眺めた。


(……そういえば三階にはまだ上った事がなかったな……)


 ガイウスは建物の中央部にある優美な細工の入った螺旋(らせん)階段をゆっくりと一段ずつ上り、結構な時間をかけて三階に到着した。


(ふう……六歳児の身体で三階まで上がるのは一苦労だぜ)


 肩で息をしつつも早速ガイウスは書架の横の書籍分類を見た。


(この辺は哲学関係か……ここは宗教関係と……こっちはなんだろう……)


 ふとガイウスの視線がある書架のところで止まった。


 その書架にはまず書籍分類が掲示されてなく、またそれ以外の書架のように書物で埋め尽くされてもいなかった。


 ほんの二十冊ほどが書架の中段部分に収められているだけであり、少々独特な雰囲気を(かも)し出していた。


 ガイウスは近くにあった梯子(はしご)を、小さな身体でゆっくりと慎重に書架に立て掛け、次いで一段一段丁寧に上り、ようやく右端の一冊を手に取ることに成功した。


(……邪悪なるアモンによる善導書?……邪悪が善導?……訳わからん書名だな……こっちはなんだ?……)


 ガイウスは手にしていた本を書架に戻し、次いでその隣の本を替わりに手に取った。


(……嚇奕(かくやく)たる異端……たしか嚇奕って、光り輝いているとか神々しいって意味だよな……神々しい異端か……)


 この本の書名も先ほどの本と同様、相反する言葉が連なっていた。


 ガイウスはその意味について考えたが納得のいく答えは出てこなかった。


 すると書名の下に書いてある副題がガイウスの目に止まった。


(……アルスラーンの魔導書……魔導書だって!?)


 ガイウスは興奮を覚えながら本を開き、慌てて視線を文字に走らせた。


(……間違いない……魔法の本だ……やはりこの世界には魔法が存在するのか!)


 ガイウスがそう確信したのには訳があった。


 彼はこれまでにこの書庫に納められた数百冊の本を読み漁った。


 特にこの世界の歴史に関する書物を集中的に読んできた。


 そしてその中には驚くべき記述が散見されていたのだった。



 それは━━━魔法使い━━━の存在であった。



 様々な歴史書のその全てに彼らは登場し、英雄的な活躍をする者もあれば悪の限りを尽くす者もいた。


 だがそれらの歴史書の記述について、これまでガイウスは半信半疑であった。


 いくら全ての歴史書に彼らの実在が描かれていたとはいえ、なにせ魔法使いである。そう簡単に信じられるものではなかった。


 だが今、ガイウスの手にはアルスラーンの魔導書なる書物があり、そこには魔法の詠唱方法が事細かに記されていたのだ。


 遂に彼は魔法の存在を確信するに至った。



 ガイウスは梯子の上では落ち着いて読めないと思い、自分の部屋に戻ることにした。


 出来れば他の数冊も同時に持ち帰りたいところだったが、六歳児の小さな身体で重たい本を何冊も抱えて移動することは叶わないため、しかたなくあきらめた。


 そして彼は大変に重そうな魔導書を大事そうに両手で抱えながら、自身がもっともくつろげる快適な場所へと戻っていった。



 2



 ガイウスは、父ロンバルドがわざわざ特別注文で作らせた使い勝手の大変いい勉強机にすわり、時間をかけてじっくりと注意深く魔導書を読み込んだ。


 そして二時間ほどが過ぎた頃、彼はとりあえず一通り読み終えることが出来た。


(すごいな。ものすごく判りやすく書いてある。理屈の一つ一つが、真綿に水が染み渡るようにすっと理解できた。もしかしたら俺、あっさり魔法が使えるようになるんじゃないだろうか?……)


 ガイウスはその考えを実行に移すことにした。


 まずは魔導書の一番初めに書かれている水を生み出す魔法を試すこととした。


 その原理とは、大気中に含まれる水分をある一点に集め、圧縮して顕現(けんげん)させるというものだった。


 普通ならばどうやってと疑問に思うところだが、ガイウスにはこの原理がすでに()に落ちており、魔法が使えるであろうと既に確信していた。


(えーと魔法の名称は……アクアか。呪文は……と、あーこれだな……えーと……生きとし生ける者全ての生命の源たる水よ。我にその雄渾(ゆうこん)なる生命の息吹を与え(たま)え……長いな。覚えるのが大変だ)


 ガイウスは間違えないように何度も呪文を繰り返しつぶやいて覚えた。


 次いでガイウスは大気中の水分を集中させる場所を左手の手のひらと決めた。


 ガイウスは左の手の平をじっと見つめ、次いでゆっくりと斜め下に差し向けた。


 手の平の先には水が出ても大丈夫なように大振りの皿を置いておいた。


 そして意識を集中させて、左手に大気中の全ての水分が集まるようなイメージを持った。


 すると突然ガイウスの左手が淡い水色に輝きだし、肝心の呪文を詠唱することもなく、彼の左の手の平から勢いよく水が吹き出し始めた。


 それはまるで、火事を鎮火するため放水車から吹き出す強力な水流のごとき勢いであり、瞬く間に彼の(いこ)いの場は水浸しとなってしまった。


 ガイウスは慌てふためいてなんとか水流を止めようと悪戦苦闘するも水の勢いは一向に止まらず、みるみる水嵩(みずかさ)は増し、遂にはガイウスのひざ上まで上がってきてしまった。


 すると、ドアの隙間から漏れ出た水を見たのであろう使用人たちの狂騒がガイウスの耳に届いた。


 そのため彼はさらに慌てふためき、完全にパニック状態となってしまった。


 するとそこへ、父ロンバルドの忠実な腹心たる家令ロデムルのとても低い落ち着き払った声が廊下から響いてきた。


「坊ちゃま。いかがなされましたか?」


「ロデムル!助けて!水が……」


 ガイウスが言い終わるのを待たずロデムルが大きな音を立ててドアを開け放った。


 すると室内に溜まっていた大量の水が、奔流(ほんりゅう)となって勢いよく室外に流れ出した。


 ロデムルは自分に迫る水の勢いをものともせず力強く部屋に分け入り、瞬く間にガイウスのすぐそばまでたどり着いた。


 そしてガイウスの左手から勢いよく吹き出す水を見て取り素早くこの事態を把握したロデムルは、俊敏な動きでガイウスの正面に廻り込み「ご免!」と言った次の瞬間、ガイウスのみぞおちめがけて当身を繰り出した。


 ロデムルは崩れ行くガイウスの身体をやさしく受け止めつつ言った。


「……しばしの間、良き夢を……」

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