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第二章 エスタ戦役~ロンバルド・シュナイダーの戦い~

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第三十六話 船上にて

「それにしてもローエングリンの連中も、随分と危ない橋を渡るものですね」


 ロンバルドは、シェスターの問いに大きく頷いた。


 もし仮に今回の事変が突発的なものではなく、事前にローエングリン教皇国の中の何者かにより仕組まれたものだとすると、その者たちは「国家元首の暗殺」を企てたということになる。


 そもそも暗殺という手段は、一国が行う陰謀の種類としてはあまりにも陰湿、かつ信義にもとることから下策とされていた。中でも国家元首の暗殺ともなれば、下の下策と言えた。


 なぜならば仮に実行者が単独犯であったとしても、その者が国家元首の下へたどり着くまでには相当な数の人間の手引きが必要となるのであり、結果として暗殺が成功したとしても、事後にそれらの者の中から暗殺計画が漏れ出てしまったり、事情聴取の際に口を割ってしまう者が出てしまい、遂に露見してしまうのが常だった。


 故に今回のローエングリンの息のかかった者によるサイラス王の暗殺が仮に事実だったとして、後にそのことが露見してしまった場合、ローエングリンは道義に反する不実な国家と世界各国より非難の集中砲火を浴びるのみならず、各国が連合を組んでローエングリンに宣戦布告する危険性すら有り得た。


 なぜならば各国の指導者たちが、「国家元首の暗殺」を恐れるからである。


 王、教皇、首相、呼び方は様々なれど、彼らも皆、その「国家元首」なのだ。


 つまり他国で起こった暗殺事件とはいえ、次の矛先は自分かも知れないとの思いがそれぞれの国家元首たちの心を満たせば、彼らは自らの保身のために徒党を組もうとするというわけである。


 だが通常戦争というものは、権力者たちの自由に行えるようなものではなかった。


 戦争には莫大な資金が必要であり、かつ兵士の血が大量に流れるものだからである。


 資金とは民衆から徴収する税金が主であり、兵士とは民衆の別名でもあった。


 故に、常に民衆の支持が必要であった。


 もし仮にこれを無視するようなことがあれば、よほど強権的な国家でない限り、最悪クーデターが起きかねなかった。


 だから彼ら権力者は戦争を行おうとする際、民衆の支持を得るために大義名分を必要とした。


 そしてこの場合、その大義名分があるのである。


 先ほども述べたように、そもそも暗殺とは陰湿にして信義にもとる行為である。


 正々堂々を旨とする武人はもとより、一般の民衆たちからも唾棄(だき)すべき行為と(さげす)まれていた。


 これを権力者たちは、大いに利用するのだ。


 ()の国は暗殺などという卑怯な手段で他国を(おとしい)れようとする悪辣(あくらつ)な国である、と民衆に大いに喧伝(けんでん)するのである。


 するとそのプロパガンダに踊らされた民衆は()の国に対して怒り、その怒りは大きな波となってうねりを帯びて荒れ狂い、巨大な奔流(ほんりゅう)となってその国に押し寄せるのである。


 そのとき、権力者たちはこの民衆の怒りの奔流に、「正義」という名の冠を(かぶ)せる。


 そして、「正義の戦争」は誕生する。


 それぞれの国はそれぞれの「正義の戦争」を振りかざし、徒党を組んで()の国に押し寄せる。


 しかも一国だけならいざ知らず、連合国となれば各国の損害は比較的に小さくてすむ。


 逆に四方八方から攻め込まれた方の国は、防衛線を築く間もなく無残に滅びるというわけである。


 確かに露見さえしなければ、国家元首の暗殺というものは敵国に与える損害が大きな方法といえるかも知れない。


 だがあまりにも露見時のリスクが大きすぎる。


 つまりハイリスクハイリターンなのだ。


 故に敵国による「国家元首の暗殺」という手段は、意外にも歴史上そう多くはなかったのである。



「確かにな。予定通りエスタ侵攻は成功し、見事に占拠せしめたようだが、ただエスタの取得のみを目的にサイラス王の暗殺を企てたとは到底思えんな」


「ええ。たしかにエスタは地政学的にも戦略上の要地です。ここを取る事によって今後ローエングリンの軍事的な優位性は増し、代わってレイダムは今後の戦略の転換を大いに余儀なくされることでしょう。しかし多少均衡が崩れるだけで、一気にレイダムが国家存亡の危機に立ったというわけではありません」


 シェスターの考察を、ロンバルドが引き取った。


「だが(ひるがえ)ってローエングリンはどうか。もし暗殺者が白日の下に(さら)され、黒幕はローエングリンだと証言した場合、一気にローエングリンは国家存亡の危機に立たされるだろう。これではリスクの方が遥かに大きい。よほど露見しない自信があるのか、それとも――」


「それとも?」


「いや、なにか考えがあるわけではない。ただやはり理屈に合わないと思ってな。思わず口にしてしまっただけだ」


 ロンバルドは(こうべ)を垂れて、深く考え込んだ。


 シェスターもまた目を閉じて腕を組み、一つ嘆息した。


「そうですね。何か一つボタンを掛け違えているような、そんな気持ちの悪さを感じますね」


「ああ、何か、そう何かを読み違えているのかも知れんな」


 シェスターはおもむろに、ロンバルドの後背に立て掛けてある大きくて古い置時計を見た。


 時計の針は、午後七時を丁度指している。


「エスタ到着は、明日十四日の昼ごろの予定です。今日はじっくり現状分析と、そこから導き出されるであろう今後の対策について夜通し考察するとしますか」


「そうだな。気の重いことではあるが、徒手空拳(としゅくうけん)ではエスタに到着しても戦えん。それ相応の武器が要る」


 ロンバルドは姿勢を正し、続けて意を決して言った。


「そう、知恵という名の武器が、な」


 ロンバルドはシェスターと互いの顔を見合わせ、同時に大きく頷いた。


 二人の相貌(そうぼう)煌々(こうこう)と明るく、その双眸(そうぼう)爛々(らんらん)と輝いていた。


 それはまるで、恐れを知らない少年のようでもあった。

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