第二十一話 悪魔召喚
「ジェイドよ。手配はよいか?」
シュトラウスは、ズエンを伴い傍らに近づくジェイドにそう問うた。
「……はい。われら二人を除く駐在武官全十八名中、十名を邸外の警備に、残る八名はご覧の通りこの大広間の各扉に二人づつ配置しております」
「うむ、そうか。では万全であるな」
「……はい」
「よし!ではよろしく頼むぞカリウスよ!」
シュトラウスは突然二階の貴賓席で立ち上がり、大広間を見晴るかして大声で叫んだ。
すると大広間の中央、ユリアとクラリスが横たわるベッドのすき間にたたずむカリウスが、低いしわがれ声で言った。
「……かしこまりました」
するとそれまで事情を飲み込めず、目を盛んにしばたかせながら状況を見つめていたユリアが、ついに我慢できずに声を発した。
「……あの……なにをするんですか……」
するとカリウスは静かに鳩が鳴くような声で、くっくっと笑った。
「……お前は知らんでよろしい……」
そう言うとカリウスは、右の掌をユリアの顔の上にかざした。
「……大いなる海原にたゆたうが如き、安らぎの眠りを汝に与えん……ヒュプノス」
カリウスがしわがれ声で呪文を唱えた途端、ユリアは深い眠りについてしまった。
「……寝ているうちに終わることじゃ……もっとも二度と目を覚ますことはないがな……」
そう言うとカリウスは、再び鳩が鳴くような声で静かに笑った。
そしてひとしきり笑い終えたカリウスは、やおら両掌を天高く掲げた。
「では始めますぞ!」
カリウスはそう叫ぶと同時に高く上げた手を、自らの顔の前へ地面と平行に下ろした。
そしてなにやら怪しげな文言をもごもごと唱え始めた。
「……ウラル・クデハル・ケツアルクーダイ・アンデクルニム・ハーデクオルム……」
すると、大広間の床に描かれた魔法陣がわずかに明滅しだした。
「おお!魔法陣が……ついに始まったぞ!」
シュトラウスは興奮を抑えきれないといった表情で、手すりから身を乗り出して階下を覗き込んだ。
「……始まってしまいましたね」
ズエンがシュトラウスには聞こえないくらいの小声でそっとジェイドにささやいた。
「……ああ。悪夢の始まりだ」
ジェイドもまたシュトラウスに聞こえないように、そっと首をズエンに傾け、かすかな声で呟いた。
「……ケムル・カイバル・コアタルクーダイ・ウンデコルニア・エンゲコオルマ……」
カリウスが文言を重ねるたびに魔法陣の明滅は一層強くなり、ついにその光は、その場に居る者たちが手をかざして目をそらすほどのものとなった。
「す、すごいぞ!ついに悪魔が現れるのだ!」
シュトラウスは左手で自らの顔を覆い隠しながら、その指の隙間から階下を覗き込みつつ、自らの心の昂ぶりを抑えきれないといった様子で大声で叫んだ。
「……本当にいるのか……悪魔なんてものが」
ジェイドがそう呟いた瞬間、大広間は爆発的な輝きに包まれた。
それはあまりにも眩しい光であり、誰もが皆、数十秒もの間、その視界を奪われた。
だが一人ジェイドのみは日頃の鍛錬の賜物か、素早く目をつぶったため、数秒の後には視界を回復することが出来た。
そのため誰よりも早く『それ』の姿を見ることとなった。
「……こ、これが……『悪魔』……本当に……いたのか……」
ジェイドは、ついに自らの眼前に現れ出でた人類原初よりの畏怖すべき対象を目の当たりにし、恐怖した。




