第十八話 シュトラウス
1
「おいっ!ちょっと待てって!まだ何も話してないだろ!」
再び冷たい地下室へと放り込まれたガイウスは、あらん限りの大声で抗議をしたが、ジェイド達はまったく無反応のまま静かに立ち去っていってしまった。
一人冷え切った床の上に取り残されたガイウスは、呪詛の言葉をいくつも並べ立て続けるも、それで状況が好転するわけもなく、結局あきらめることとなった。
「……それにしてもユリアを誘拐してどうしようっていうのか?……メリットがあるとは到底思えないし……どうやら俺をさらった理由とは別のようだけど……ってか俺をさらった理由も何なのか?……」
ガイウスは部屋の中央で胡坐を掻き、しばらくの間思案を重ねたものの、良い解答を得ることはまたしても出来ずにいた。
「……駐エルムール公使、ミカエル・シュトラウス公爵……たしか王家に連なるダロスきっての大貴族のはず……その公爵が『殿下』と呼ぶとなれば、王子か王女か……たしか今のダロス王って子沢山だったような……黒幕の黒幕か……」
するとそこでガイウスはふとおもむろに顔を上げ、なぜか少しとぼけた表情を作って言った。
「どうやらずいぶんと面倒なことになったようですよ?」
2
「娘の方はどうしておる?」
シュトラウス公爵は酷薄そうな面貌でジェイドに問うた。
「はい。今も意識を失われたまま、お眠りになられております」
「ジェイドよ、あの娘に丁寧な言葉を使う必要はないぞ」
「はっ。しかし閣下のご息女……」
「やめい!あれは呪われし娘ぞ!忌むべき娘ぞ!……よって丁重に扱う必要などない。わかったな?」
「……はい」
「……では準備に取り掛かるがよい」
「はっ」
ジェイドは深々と一礼をすると、サッと踵を返して退室した。
「急がねばならん……急がねば……」
シュトラウスはなぜか不安げな表情で、壁に掛けられた美しい少女の肖像画を眺めるのだった。
3
「ズエン、例の準備に取り掛かるぞ」
ジェイドは歩きながら、傍らの小太りの男にそう指示をした。
「……はあ。しかし気が進みませんな」
ズエンは顔をゆがませ、さも不快そうな顔つきで言った。
「仕方があるまい。閣下のご命令だ」
「でもありましょうが……やはり気は進みませんな」
「……ああ。気分は……最悪だ。だがやるしかあるまい」
「ええ……まあそうなんですがね……」
ズエンはそこで一つ大きなため息を付いた。
そして腹を決めたのか眦を決して言った。
「準備に取り掛かります」
ズエンは言うや立ち止まり、ジェイドに対して一礼してから踵を返して角を曲がって立ち去った。
ジェイドはネクタイを右手でゆっくり緩めると、次いで両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
そして廊下の突き当たりの壁に掛けてあるシュトラウス公爵の肖像画を睨み付けて言った。
「……くそったれが」




