第百七十二話 老人
「ふむ。なかなか面白い奴がおるようだな」
老人は皺くちゃな顔に、さらに深い皺を刻みつけて笑った。
バランスは、その目の前の不気味な老人をきつく睨みつけた。
「貴様、一体何がしたくて我々にこんな真似をしたんだ?答えろ!」
すると老人は顔を上げて、さらに激しく笑い出した。
「キッヒッヒッヒ。お前さん、ずいぶんと威勢がいいじゃないか」
「黙れ。いいから質問に答えろ。これは一体何の真似だと聞いている」
「そうさのう……まあ言ってみれば、餌……かのう」
「餌だと?それは俺たちが、という意味か?」
「そうじゃな。お前さんたちはあるものを吊り上げるための餌じゃ」
「その、あるものとは……ガイウスか?」
すると老人は本当に驚いたようで、目を大きく見開きつつ、身体を激しくのけ反らせた。
「これは驚いた!よく判ったな?……その通りじゃよ」
老人はにやりと口角を上げて笑みをこぼした。
するとそれまで黙って二人のやりとりを聞いていたジョディーが割って入った。
「うそ臭いな。このじじい本心から言ってるかどうか判らないぞ」
すると老人は両手を広げたオーバーアクションをした。
「これはこれは!こんな可愛らしい女の子の口から、よもやじじいなんて台詞が出るとは!」
「うるさい。あたしは別に可愛くなんてないし、口が悪いのは生まれつきなんだよ」
するとサルコーがいつものようにジョディーの後背から音もなくするすると現れて言った。
「そんなことはないさジョディー。君はいつだって美しく可憐さ。あたかも断崖絶壁にのみ咲き誇るエルモスの花のように、君はいつだって美しい」
ジョディーは頬を引きつらせながら、一つ咳払いをした。
「とにかくこのじじいは信用ならない。話半分に聞いといたほうがいい」
するとアルベルトもそれに同意した。
「僕もジョディーに賛成だな。この老人は先程から随分と芝居じみている。なんていうか……不自然な感じがするよ」
するとバランスも同じく賛意を示した。
「うむ。わたしはさっき、こいつのことを黒幕だといったが……どうもそいつも怪しいかもしれん」
すると老人は激しく笑い出した。
「キッヒッヒッヒッヒ。お前さんたち、わしのどこがどう怪しいのか教えてくれんかね?」
すると突然マックスが一歩前に進み出で、右手を前に差し出して老人を指差しながら決然と言った。
「お前!口の動きと声が合ってないぞ!さてはお前、人間じゃないな!?」
これには当の老人だけでなく、皆が驚き仰天した。
「人間じゃない!?ほ、本当かマックス!?」
アルベルトが咄嗟にマックスに問い質した。
するとマックスは自信なさそうな顔を見せた。
「……じゃないかなあってなんとな~く思っただけなんだけど……どうやら当たってたみたいよ?」
マックスはそう言って、顎で老人を指し示した。
アルベルトはマックスに促され、老人の方に向き直った。
だがそこに先程の老人はいなかった。
そこにいたのは、顔や身体がどろどろに崩れた、異形の何か……であった。




