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第百四十四話 親子

「ああもう!わかってるよ母さん!じゃ行ってくるからね!」


 朝の照りつける陽光の中、少年はさも面倒くさそうに母親に向かって言葉を言い捨てると、一目散に駆け出し、あっという間に母親の視界から消え失せた。


「あの子ったら……一体いつ頃からあんな乱暴な子になってしまったのかしら……」


 その場に取り残された母親は、思春期の息子を持つほとんど全ての母親が一度は思うことを、そっと静かに呟いた。



「まったく!一体いつから母さん、あんなに小うるさくなったんだ!?」


 少年は思春期の男の子ならば、誰でもが一度は母親に対して思うことを、ぶつくさと声に出して文句を言った。


 すると少年の足元からまさかの返事が返ってきた。


「ふむ。生まれ変わりにも反抗期があるとはなかなかに面白いな」


 なんとその声の主は、短く揃った毛並みが日光に反射してキラキラと美しく輝く、黒猫であった。


 だが少年は、突然猫が自分の足元でしゃべりだしたにもかかわらず、まったく意に介すことなく、いやそれどころかさも当然と言わんばかりに黒猫に向かって言葉を投げかけた。


「別に反抗期ってわけじゃないよ。ただちょっとイラっとしただけさ!」


「それが反抗期だと言うのじゃ。それにしてもやはり面白い。いかに成熟した精神を持っていても肉体が若ければそれに引きずられるものなのじゃろうか」


「……そんなこと、あるのかな?」


「お前という実例がある以上、少なくとも考察する価値はあるじゃろう」


「俺が実例か……まあ確かに……」



 あの恐るべき年から実に六年。


 ガイウスは齢十二を数えていた。


 がっしりした体格を誇るシュナイダー家の男たち同様に、十二歳の少年にしては肩幅が広く、背丈も人並み以上に大きく成長していた。


 対して足元のエルは、といえば…………相も変わらずでっぷりと肥え太っていた。



「ふむ。それにお前さん、自分が転生者であることも忘れて、エメラーダを自然と母さんと呼んでおるじゃろう?」


「……うん……」


「本来エメラーダはお前の母であって母でないはずの者じゃ。じゃがお前さん、今に限らずもうここ何年も自然と親子を演じておるが、そんなこと意識も特にしておるまい?ならばもはやそれは演技ではないのではないか?」


「つまり本当の親子になったと?」


「うむ。例えば養子縁組という制度が人間界にはあろう?それには様々なケースがあって、血のつながりが有る場合も、無い場合もある。ここは一つ無い場合で考えてみようではないか」


「……うん」


「何らかの不幸により幼き子には親が無く、それを不憫に思った一組の夫婦がその子を引き取ったとしよう。そういった場合、初めはお互いにぎこちなく親子を演じ始めるものだが、次第に愛情が芽生え、それが深まるにつれ、自然な親子関係となっていくものじゃろう。無論、その途中で通常の親子間では起こりえないような問題にぶち当たることもあろうが、それを乗り越えられたらより強い絆で結ばれるじゃろうよ」


「……なんか、よくあるお涙頂戴的な話だね……」


「何じゃ、わしのせっかくの長広舌に文句でもあるのか?」


「いや別に文句があるわけじゃないけどさ。おれの場合ってやっぱり特殊なケースなわけでしょ?だから一般的な養子縁組の話をされてもさあ、まあなんというか、腑に落ちないわけよ」


「まったく口の減らない奴じゃのう……エメラーダではないが、お前やっぱり最近ちょっと変わったのではないか?」


 エルはそう言うと一度小首を傾げたが、その後何か無性に腹が立ったらしく、突然ガイウスの足にがぶりと噛み付いた。


 ガイウスは、噛み付いたままのエルを足にぶら下げたまま勢いよく跳び上がり、耳が劈くほどの悲鳴を上げたのであった。

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