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第千三百六十二話 目撃者

「で、その男どちらに向かったか覚えていますか?」


 アジオが勢い込んで尋ねた。


 すると男性が、クルッと身体を半回転させた。


「この店の中に入っていったよ」


 男性は自らが先程出てきた酒場を指さした。


「この店の中に?貴方は先程この店から出てきましたよね?」


 男性は静かにうなずいた。


「ああ、そうだよ」


「じゃあ、コメットは……その男は今この店の中にいるんですね?」


 すると男性が首を傾げた。


「さあ?どうだろうね?」


 今度はアジオが首を傾げる番であった。


「……いや、どうだろうねって……」


 アジオが不審げな顔でそう言うと、男性が説明を始めた。


「俺は最初あっちの店にいたんだよ」


 男性は遠くを指さした。


 アジオたちがその指先を見ると、そこにはまた別の酒場らしきものがあった。


「……ああ、あの酒場に……」


「そう。で、店を変えようとこっちの店に来る途中で、その男が入っていくのを見かけたんだよ」


「なるほど……では店の中でその男はどんな感じでした?」


 アジオの問いに、男性は肩をすくめた。


「さあ?中に入っていくのは見たけど、店の中では見てないからなあ」


 アジオは驚き、勢い込んで問いかけた。


「えっ!?どういうことです?だって店の中に貴方も入ったんですよね?」


 すると男性は首を縦に振った。


「そうだよ」


「だったら鉢合わせするでしょ?」


 男性は今度は首を横に振った。


「しないよ」


 アジオは頬を引き攣らせた。


「……いや、そんなわけないでしょ?」


 すると男性がニヤリと笑った。


「そんなわけがあるんだよ」


 アジオは内心のいらつきを抑え、落ち着いて問うた。


「……それは一体どういうわけで?……」


 すると男性はニコリと微笑んだ。


「簡単な話しさ。この店をよく見てみなよ」


 男性に言われ、アジオたちは改めて店の外観を眺めた。


 するとシェスターが苦笑を漏らした。


「なるほどな。この店は二階建てだということか」


 男性は破顔一笑した。


「その通り。たぶん彼は二階へ上がったんじゃないかな?俺は一階のカウンターで飲んでいたんだ。だから彼の店の中での様子は見ていないってわけさ」


 アジオは頬を引き攣らせながらもようやくうなずいた。


「……ああ、そういうことね……てことはコメットはまだあの店の二階にいるってわけか……」


 すると男性がまたも首を傾げた。


「さあ?それはどうかわからないけどね」


 これにアジオがまたも頬を引き攣らせた。


「いやいや、貴方はカウンターでずっと飲んでいたんでしょ?カウンターはドアのすぐ横じゃないですか。となればコメットが店を出たら貴方に必ず見られるってことじゃないですか」


 男性はまたもニヤリと笑った。


「ところがそうじゃないんだな~。だって俺はカウンターで飲んでいたとは言ったけど、ずーっとなんて一言も言ってないんだからな」

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