第百三十二話 死体
「じゃあこれは死臭ってこと?」
ガイウスは両手で鼻と口を厳重に押さえながらくぐもった声で聞いた。
「ああ、それもこれ程の臭いとなればおそらく一週間は経っているだろうね」
さすがのカルラもあまりにもひどい臭いに、顔をしかめながら答えた。
「カルラ様、ここは多少なりと医学の心得がございます、わたくしが……」
言うやロデムルは、カルラを制して室内へと入っていった。
そしてしばらくするとロデムルが部屋から出てきた。
「カルラ様、この廊下にはすでに死臭が充満しておりますので、場所を代えてご説明致したいと存じますが……」
「うむ、そうしよう」
言うやカルラは足早に歩き出した。
ガイウスたちもすぐさま続き、しばらく歩いたところで立ち止まった。
「この部屋でいいだろう」
そう言うとカルラはさっさとドアを開けて中へ入っていった。
ガイウスも続き、最後にロデムルが室内へ滑り込むと同時に流れるような作業で、後ろ手にドアを閉めた。
部屋は質素な調度品にあふれており、おそらくは使用人の私室と思われた。
カルラは一人がけの椅子に早速腰掛け、ガイウスは反対側のこじんまりとしたソファーに身を任せた。
そしてロデムルはドアを背にした姿勢のまま、先ほどの死体検分について語り始めた。
「先ほどの死体ですが、カルラ様のお見立てどおり、死後一週間ほど経過しているかと思われます。そして死因でございますが……」
ロデムルはそこで少し言いよどんだ。
するとカルラがすかさずロデムルをせかした。
「どうした?死因はなんなんだい?早くお言い」
「はっ。失礼致しました。死因は……頭部切断による失血死。おそらくは即死だったかと思われます。また切断された頭部は発見できませんでした。ですので犯人が持ち去ったか……」
そこでカルラがロデムルの報告を引き取った。
「食ったか……だな?」
「はい。おそらくは後者かと」
「うむ……こいつはかなり厄介だねえ。一週間もの間、誰にも気付かれずに宮殿内の一室に首なし死体が放置され続けるなんて有り得る話じゃないからねえ……」
「つまりこの宮殿内では今、とんでもない事態が進行中ってことだね?」
「そういうことだ」
カルラは恐ろしげな顔つきとなって簡潔に言った。
「しかし……一体なにが起こっているというんだ?……それに、この事態を引き起こしたのがやはりシグナスなのかどうかも気になる……」
「どうせここで考えてたって始まりゃしないよ」
「そうだね……たしかに考えて答えが浮かぶような問題じゃあなさそうだ。なら僕らの取るべき道は……突き進むのみってことだね?」
「そういうこった!二人ともとっとと先へ進むよ!」
カルラは言うや勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
ガイウスもすかさずソファーの反動を利用して勢いよく立った。
ロデムルは二人が立ち上がったのを確認すると同時に素早く反転してドアノブを掴み、すっと一歩後ずさりつつドアを引き開いた。
するとその脇を素早くカルラがすり抜け、次いですぐにガイウスも颯爽と通り抜けて言った。
ロデムルはガイウスが通り過ぎたのを確認すると、機敏な動きで自らも素早く廊下へと飛び出した。
三人は、三者三様の険しい顔つきとなり、捜索を再開するための新たな一歩を踏み出すのであった。




