第千三百十二話 黒ずんだもの
「……おわっ!……何か……気持ち悪い……」
大きなシャボン玉のような歪んだ空間に包まれ、ガイウスはふわふわと中空で揺らめいた。
だが次第に慣れてくるとガイウスは、ゆったりと揺らめきに身体を任せて気持ち良さげな表情となった。
「……これは中々……気分良いかも……」
先程とは真逆のことを呟くガイウスに、傍らのカルラが心配そうな視線を送りつつ声を掛けた。
「大丈夫なのかガイウス?身体に変化などはないか?」
ガイウスは満面の笑みを浮かべ、カルラの心配をよそに、快活に笑った。
「大丈夫だよ。気持ち良いくらいだし……」
と突然、ガイウスが胸を抱えて苦しみだした。
カルラは驚き、思わずサタンに対して抗議の声を上げた。
「これはどういうことだ!?」
だがサタンは落ち着き払っていた。
「産みの苦しみよ。我からの贈り物は、ルキフェルのとは異なるのでな。しばらくは苦しむことになるが、安心しろ。死ぬことは無い」
だがガイウスの苦しみようが尋常では無かったため、カルラは再度サタンに尋ねたのだった。
「サタンよ。本当なのだな?真実大丈夫なのだな?」
サタンはうなずき、改めて言った。
「問題ない。見るがよい。だいぶ馴染んできたようだぞ?」
見るとガイウスの身体を覆う歪みが、次第に黒ずみはじめ、徐々に纏わり付きだした。
「何だ、この黒くくすんだものは?」
すかさず問うカルラに、サタンが呵々と笑いながら答えた。
「それこそが、魔装鎧よ」
カルラは驚き、反射的に問うた。
「何だそれは?」
するとサタンが、不敵な笑みを漂わせたのだった。
「我の最強防御魔法よ」
カルラはまたしても驚き、おうむ返しに問いかけた。
「最強の防御魔法だと?それをガイウスに?本当か?」
サタンは軽くうなずきつつ、カルラの傍らにいるデルキアたちに視線を合わせた。
「本当だ。嘘だと思うなら、その者たちに聞いてみるがよい」
カルラがすかさず首を巡らしデルキアたちを見ると、至極真剣な表情を浮かべてガイウスの様子を凝視していた。
するとデルキアが、視線はそのままにゆっくりと口を開いた。
「……どうやら本当に魔装鎧をガイウスにくれてやるらしいな……」
デルキアのあまりない深刻な物言いに、カルラが驚いていると、カリンもまた重々しい口調でもって言ったのだった。
「……ええ、本当にあれは魔装鎧だわ……まさかの正真正銘のね……」
デルキアとカリンは、普段見せない表情でもって、その後もガイウスをしばらくの間、じっと凝視し続けるのであった。




